Google・Twitterを率いたデザイナーが教えるインクルーシブデザインの極意/MAU数0→5億の実績【セミナーダイジェスト】
2022年6月23日のウェビナーでは、TwitterのシニアプロダクトデザインマネージャーやGoogleのデザインヘッドを歴任、デザイン分野で20年以上の経験を持ち、現在は注目のブラジル・フィンテックユニコーン企業(ブラジル初のデジタル銀行)のチーフデザインオフィサー(CDO)を務めるコージ・ペレイラさんにご登壇いただきました。今回はそのダイジェストをご紹介します。
目次
なぜインクルーシブなプロダクトなのか?
(インクルーシブとは、ユーザーのバックグラウンドや能力におけるダイバーシティ(多様性)を理解し、ともに課題を解決するデザイン手法のことです。)
インクルーシブが必要な理由は、多くあります。
・正しいことだから
世の中には多くの人たちが何らかの形で暫定的、恒久的なハンディキャップを負ってしまうようなことがあります。そのため、デザイナーとして世界に届けているプロダクトがあらゆる人、そして社会にとっても有益でインパクトを生むものであることが重要です。
・ユーザー層を多様化できる
世界というのは常に変わり続けています。コロナによって、何が自分の人生にとって重要なのかと考えるようになってきていると思います。価値観の多様性を考えると、多くの選択肢や経験を提供することがより多くのユーザー層の獲得につながります。
・リスクと後付けを低減できる
多くの政府は、企業に対してアクセシビリティの担保を義務付けています。プロジェクトが完了してから逆戻りしてアクセシビリティを担保するよりも、先にやってしまったほうがやりやすく、リスクを軽減することが出来ます。また、ゼロからはじめることが難しいケースも多くあるので、最初からやってしまうのが妥当です。
・エンゲージを高めることができる
全ての人に特別なニーズや障がいがあるわけではないと考えるかもしれませんが、こういった点に積極的であるほうがユーザーの共感を生みやすいです。また、ブランド力の強化や摩擦などもなくすことができます。
・イノベーションを促進し、新しい視点からのアイデアを生み出せる(Thinking about inclusivity fuels innovation and force your team to apply new lenses to a solution)
境界線をなくしてデザイン思考を実施した場合に生まれるアイデアはスマートではないことが多いですが、イノベーションに制限をかけることでベストなアイデアが生まれます。例えば、今何でも作れるとすると、空飛ぶ車など非現実的なものを考え出すかもしれません。空飛ぶ車はすぐ作ることができませんが、例えばこのセミナーをZoomでやっているように、実際に人を動かすのではなくリモートで人を繋げるといったような何か他のアイデアを生み出すことができます。
“普通”などというものは存在しない
普通というものは存在しません。特に相互的なユーザー体験に関しては、通常の状況では起こらないと思われるようなことが常に起こります。そういったところでプロダクトが壊れてしまいます。
例えばメールを使っていて、送ることができなかったり、接続が不安定であったり、あるいはそのメッセージに答えることができないなど、人々はそういったアクシデントに遭遇したときに新しいプロダクトへ移行しようと考えます。そのため、プロダクトの利用に関して普通はありません。
そして、人に関しても普通はありません。人々は異なるニーズを持ち、異なる行動をするということをきちんと理解することが重要です。
ペルソナに合致している人たちのために作っていれば充分だと考えるかもしれませんが、現実の人間はもっと複雑なものです。ペルソナをつくることに反対はしませんが、現実はもっとカオスなので、このペルソナを考えるだけでは不十分です。
インクルーシブなプロダクトは、最終的により優れた革新的で魅力的なプロダクトになる
ここでいくつか例を挙げます。
・歩道にあるカーブカット
カーブカットが素晴らしい理由は、多くの人にとってのアクセシビリティを高めるからです。例えば、車椅子の人が道路を渡るときに利用できます。それ以外にも、犬の散歩をしているときや大きなスーツケースを引きずっているとき、杖をついていて大きな段差を越えにくいときにもメリットを生み出します。カーブカットは特定のユースケースの為に作られたものですが、多くの人が有益に感じています。
・タッチスクリーン
Appleが取得したマルチタッチのインターフェースの特許は、元々フィンガーワークスによるものでした。マルチタッチデバイスを用いて、特に動作に障がいを抱えている人、例えば特定のキーボードでクリックできない人のためにデザインされました。その後、固定されたキーボードがない多くのアプリでも活用されるようになり、有益性が実証されました。多くのスマホでは物理的なキーボードを入れることも検討されましたが、マルチタッチほど上手くいかないということも実証されました。
・オーディオブック
オーディオブックは補助機器として作られ、弱視や全盲の方が本を聞くことができるようになりました。現在では、スマホを介してオーディオブックを聞くことで、本を読みながら他のことができるツールとして活用されています。例えば、ランニングや運転をしながら、本を読むことができます。
反対の例もあります。自動生成されるビデオの字幕は、聴覚に障がいを持っていない人にも利用されています。例えば、ジムでルームランナーを走りながら、音楽を聴きながらニュースを見たり、空港などの複数のアナウンスや音楽が流れる中でもビデオのオーディオをオフにして字幕だけを見たりできます。
このように、補助技術によってつくられたものがあらゆる人にメリットをもたらしており、もう補助技術なしでは考えられない世の中になっています。
ケーススタディ:Files by Google
ここで、Googleのプロジェクトで取り組んだFiles by Googleの例をご紹介します。
こちらは2017年頃のデータなので、今もそこまで状況は変わらないと思いますが、スマホ所持者の多く(おそらく80%) はAndroidを使っています。
その多くは300ドル未満のローエンドモデルのスマホを使っています。
また、80%以上がプリペイド式で利用しています。これは日本とは全く状況が異なります。日本では、NTTドコモ等の回線が使われています。しかし、アメリカや日本以外の国ではスマホをプリペイド式で利用することが多いため、毎日の使用可能量が制限されています。
また、かつては初めてのコンピューターの体験といえばパソコンを通じてでしたが、今はスマホを通じてがほとんどです。なので、スマホ上でのUXはより重要になっています。
・インドでは毎日、3分の1のユーザーが容量不足に陥っている
インドには多くのGoogleユーザーがいます。インドという国で3分の1が容量不足だという問題の深刻さが分かり、実際にインドに赴いてテストしようということになりました。
この写真は、プロダクトローンチを企画したときのものです。
ファイルを削除する方法を説明するプロトタイプをつくってインドに行き、Googleだと分からないようなロゴにして1週間の調査を行いました。1週間後の結果は、33%がアプリに戻ってきました。ストレージが節約でき、多くのユーザーがわくわくしていました。そして、Files by Googleというアプリをつくることになりました。
小さなチームで実験から始めて、10億インストール以上達成できたこのプロダクトは、一番の誇りです。
従来のストレージを節約するファイルクリーナーアプリは、ユーザーの同意なしに様々な処理がされることがありました。Files by Googleはカードを使うことで、ファイルがどう処理されているのかをユーザーが見られるようにしました。
フォルダーにナビゲーションするようなものはなく、代わりにイメージをタップしスワイプすることで、WhatsAppやInstagram、vineなどからファイルを移動させるのを見えるようにしました。
・Googleからのデザインシステムは他の国では上手くいかない
特にブラジルやインドでは、文字が読めないためにどういったアクションを取るべきなのかが分からない方がいます。そこで、アイコンを使うことで、アクションの良し悪しを明示的にわかるようにしました。
インドやブラジル出身でユーザーペインを理解できる人がチームにいたからこそ、包括性や多様性を持ったこのような素晴らしいプロダクトをつくることができたのだと思います。
そのため、多様な背景をもったメンバーを採用するということが重要です。
インドやブラジル、アメリカ、日本においても、一つの国の中でも都市や州ごとにそれぞれのニーズがあります。そのため、シリコンバレーや東京だけしか見ずに問題を解決しようとしても、その問題は多くの人たちが実際に苦戦している問題ではないかもしれません。大都市に住んでいる人々だけでなく、世界の他の部分にも目を向ける必要があります。
そして、繰り返しになりますが「普通」なんていうものはありません。先ほどは場所の話をしましたが、他にも様々な要素によって違いが生まれます。例えば、年代や性別、出身や仕事内容、見方や文化など、あらゆる違いがこの世には存在します。この違いからチャンスが広がっているのです。
多様性に富んだチームをつくるヒント
①オフィスから飛び出してリサーチをする
コロナで難しくなってきてはいますが、チームメンバーを連れてリサーチに行きましょう。
そこでの学びを共有する方法としては、Slackへの投稿、ニュースレターの発刊、チームの中で内部プログラムをつくる、などがあります。例えば、下記のチャンネルメンバーの多くは母国語が英語ではありませんが、母国語が英語の人の助けを借りてプレゼンテーションを改善する取り組みが行われました。
②インクルージョン(多様性を受け入れる姿勢)を評価対象にする
インクルージョン(多様性を受け入れる姿勢があるかどうか)を評価要件として追加しました。デザインマネージャーとして、デザインの知識やスキルだけでなく、多様性に関する知識があるかどうかも評価されるようになりました。
関連書籍の紹介
最後に、今日話した内容に関連する書籍をご紹介します。
インクルージョンなプロダクトデザインチームをどのようにつくったのかについて、かつてGoogleに在籍していた方がアクセシビリティなどの観点などから書いた本です。
国外のチームとやりとりする上で、それぞれの文化や働き方の価値を認め、尊重することが重要です。この本はそれぞれの文化に対するリスペクトも書かれています。
Q&Aセッション
ーーーMVP(必要最小限の価値を提供できるプロダクト)について、必要最低限の価値とはなにかを多職種チームでどのように決定して進めればよいのでしょうか?MVPの条件としてどのような観点やポイントを含めるべきかを教えてください。
A:これに関しては1つの答えがあるというわけではなく、状況にもよると思います。私がMVPを考える際は、必要最小限の提供できる価値だけでなく、最低限楽しめるかどうかについても考えます。
そして非常に主観的ではあるのですが、最小限の機能で素晴らしいと思えるような機能を提供するために機能性ばかり重視すると、実際にはインパクトが生み出せないようなものになってしまいます。なので、どんなに小さい機能であっても、人を惹きつける要素があるかどうかを考えることが重要だと思います。
ーーープロトタイプで仮説を検証する上で、インクルーシブなプロダクトを成功させるために必ず検証しておかなければならない仮説は何でしょうか?具体例を教えていただけると嬉しいです。
A:最後のスライドで人間はみんな違いがあるとお伝えしましたが、それを踏まえた上でするべきことがあります。
1つ目は、異なるタイプの人を対象にテストする。これは、テストの対象者が異なるタイプになるようにするということ、そして、もし可能であればあなた自身と異なるタイプの人を対象にテストするということです。あとは、実際にローンチしようとしている対象者を、ちゃんとそのテストグループに含めるということです。
2つ目は、W3Cというアクセシビリティの基準に沿っているかどうかを見る。W3Cには例えば、カラーコントラストやスクリーンリーダーを使っている人にはどんなことをすべきなのかが書かれているので、なるべく早い段階でこれをテストすることで、後から変更しなければいけない状況を防ぐことができます。
ただし、このプロセスを踏んだからといって、ユーザーリサーチを置き換えられるというわけではないので、プラスでユーザーリサーチを実施する必要があります。
ーーー(特に若者向けのプロダクトやサービスで)クライアントにインクルーシブデザインでのモノづくりを提案すると、『インクルーシブで作ってどのくらい売り上げが上がるのか?』『どのくらい効果があるのか?』と反応されます。
クライアントから経済的効果を求められる場合、コージさんであればどのような手段で相手を説得しますか?また、そもそも一般的にインクルーシブデザインのような考え方をゼロから啓蒙していくにはどのような活動が効果的でしょうか?
A:基本的には仰る通り啓蒙活動が必要ではありますが、人を啓蒙するのには本当に時間がかかります。なので、ユーザーリサーチやインクルーシビリティが重要であるということに賛同してくれる人を探して、その人と一緒に取り組むことが、インパクトを生み出すための近道になるのかなと思います。近眼的な考えしか持てない人を頑張って説得しようとしても、残念ながら時間だけが無駄になってしまうような状況も結構ありますし、長期的な価値と短期的な価値を組織として見極める必要があります。それに、基本的には長期的な価値を提供し続ける会社が世の中にも残って行くので、そういったところを理解している人と一緒に取り組むことが非常に重要だと思います。
ーーーペルソナを否定するわけではないが、特定のユーザーのためだけにプロダクトをデザインしないように気を付ける必要があるとのことでしたが、具体的な手法としてはどのようしてこれを実践できるのでしょうか?ペルソナをたくさん作成するということでしょうか?
A:ペルソナはアラン・クーパーによって考え出されたものなんですが、彼はペルソナの目的として、恒久的な真実であると捉えてほしいわけではなく、実際にはユーザーリサーチを何度も何度重ねた上でペルソナを作ると提唱しています。
もう一つ頭の中に入れておかないといけないことは、ユーザーは時間が経つと変わっていくっていうことです。パンデミック前に実施したユーザーリサーチを元に作り上げたペルソナは、今とは違うペルソナになっているはずです。ペルソナの情報がどんどん古くなっていくと、現実が理解できなくなってしまう可能性があります。なので、ユーザーは変化するということを常に念頭に入れ、年度や開発フェーズが変わるタイミングでユーザーリサーチを継続して実施し、ペルソナをつくることが重要です。
ーーー私は東京でUXデザイナーとして働いている外国人です。コージさんのご経験によると、ブラジルのUX成熟度(例えば、良いUX についてPM、ビジネス、開発者などにどれだけ説明する必要があるか)は米国と比べてどうですか?
A:私自身はまだアメリカに残ったままなんですが、8年ぶりにブラジルの企業と仕事をしています。この8年間の間、かなり多くの変化がありました。今、ブラジルには多くのスタートアップやユニコーン企業がありますし、スタートアップ界隈やUXなども成熟してきました。なので、多くの共有できる学びがあります。
そして、ブラジルで作られている多くのソリューションはブラジルに特化した問題を解決するような問題が多いので、サンフランシスコで作られたプロダクトやサービスを提供するよりも、ブラジルで作ったものの方が理に適っていることが多いです。
なので、アメリカ側から教えることはあまりなく、情報の交換をもっと活発にしたり、試行錯誤を繰り返しやっていくような形で仕事をしております。
プロフィール
コージ・ペレイラ Koji Pereira
Neon /Chief Design Officer
Twitter/ Former Senior Manager, Product Design
Google/ Former Head of Design
LinkedIn
注目のブラジル・フィンテックユニコーン企業(ブラジル初のデジタル銀行)Neonの現チーフデザインオフィサー(CDO)。過去には、Twitterのシニアプロダクトデザインマネージャー、Googleのデザインヘッドを歴任。デザイン分野で20年以上の経験。長年にわたって多くのプロダクトの立ち上げに携わり、デザイナーを戦略の領域へと押し上げてきた。また、心理的安全性と多様性のあるチームの構築に努め、誰もが参加でき、すべての声が聞こえるようにすることを心がけている。Googleでは、Files by Googleのデザインを担当し、MAU(Monthly Active Users:Webサイトやアプリなどのサービスで特定の月に1回以上利用や活動があったユーザーの数)を0から5億に伸ばした実績を持つ。そのほか、GoogleでCamera Go、Android TV Data Saver、Google Spacesなど多くの製品を発表。また、バルセロナやバンコクのHarbour.Space、ブラジルのPUC Minasなどの学校でデザインを教え、ブラジルのスタートアップのCEOも務めた経験がある。
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