UX調査を用いてアジャイルプロセスを導く方法
この記事は、User Experience Magazineの許可のもと翻訳したものです。
元記事:How to Use UX Research to Guide An Agile Process
著者:Lai Yee Ho
User Experience Magazine, 18(2).2018年4月掲載
要約:このケーススタディは、チームとともにUX調査をアジャイル開発プロセスに組み入れた、著者の実際の取り組みに基づいたものです。改良されたアジャイルプロセスでは、アジャイル開発スプリントの開始時点でUX調査が中心的な役割を果たすこととなり、そうした変化はチームが「どのようなユーザ課題を解決していくか」という点で足並みを揃えるのに役立ちました。さらにUX調査は、サイクルの終わりに、「スプリント中に構築された機能が、意図していたユーザー問題を解決したかどうか」を検証するのにも役立ちました。
目次
噛み合わなかったアジャイル開発とUXリサーチ
アジャイル開発プロセスとUXリサーチプロセスを組み合わせようと自社チームで初めて試してみた際、このふたつのプロセスは全くと言っていいほど噛み合いませんでした。
開発と設計チームがものすごい速さでアジャイルスプリントを進めているところに、チーム内ですでに答えが出ていると思われた課題をわざわざ検証するために、無理やりUXリサーチを当て込んだ格好になっていたからです。
この事実により、いくつかの課題が浮かび上がりました。
- UXリサーチの対象範囲が狭すぎて、重要課題の改善策を見出すことができなかった
- リサーチ結果が出るのが遅く、プロダクトの仕様変更の実装サイクルにうまく乗せることができなかった
- 開発・設計チームがユーザインサイトにそぐわないプロダクトを作り続けていたために、ユーザの抱える重要な課題はどれも解決していなかった
そこで、チームでの振り返りを実施した後にアジャイルプロセスを改良しました。
プロセスの課題を解決しようと考えたのです。
アジャイルプロセスを改良したところ、UXリサーチがアジャイルスプリントの初期段階で活用され、「チームが解決しようとしているユーザの課題は何か」という課題への共通認識を作るという重要な役割を果たすようになりました。
また、サイクルの終盤では、スプリント中に構築された機能が意図したとおりにユーザ課題を解決できたかを検証するのですが、その際にもUXリサーチが有用でした。
このようにアジャイルプロセスを改良してUXリサーチを組み込んだ結果、ユーザにとって、これまでよりはるかにメリットのあるプロダクトをリリースすることができたのです。
ここで、アジャイルプロセス改良前後の違いをご紹介します。
図1.UXリサーチとアジャイルプロセスの当初の実施フロー
図2.プロセス改良後のUXリサーチとアジャイルプロセスの実施フロー
私たちのチームがアジャイル開発とUXデザインをどのように改良したのかを多くの方々に学んでいただきたいので、アジャイルサイクルの改良のしかたを段階的にご説明していきます。
キックオフ会とチーム連携
アジャイルスプリントを始める前に、チーム内のデザイナー、エンジニアなどプロダクトに関わる人たちとスプリントの目的についての共通認識を持ち、連携をはかりましょう。
より多くの新規ユーザを獲得したいのでしょうか?
それともリピーターの割合を増やしたいのでしょうか?
ユーザやプロダクトに関する課題の中で、チームの目標達成につながる最も重要な課題は何でしょうか?
関係者全員を招いてワークショップを開催し、スプリントの目標は何か、ユーザについてどんな疑問があるか意見を集めましょう。
特定のお題について、メンバーひとりひとりが自分の考えをふせんに書いてみるのもおすすめです。
チームのお題の例
- このスプリントで何を達成したいですか?
- このスプリントで、どのユーザに影響を与えたいですか?(「新規ユーザ」「既存ユーザ」などできるだけ特定のユーザをイメージしてください)
- ユーザについてどんなことを知ることができれば、スプリントを進めるのに役立つと思いますか?
- ターゲットユーザに対してどんな質問がありますか?
- ユーザについての質問の回答を得られたら何を変更する、もしくは実施しますか?
各チームメンバーに、お題に対する自分の答えをふせんに書いてもらいます。全員書き終わったら、そのふせんを皆に見られる壁などに貼ります。各チームメンバーに、ふせんに書かれた内容を読み上げてもらいましょう。
そして全員で、内容が似ているふせんをグループ分けし、グループごとに名前をつけましょう。この名前が、ユーザリサーチの第一段階の方向性を決めるテーマとなります。
スプリントの方向性を決めるための基礎的リサーチの実施
チーム連携のキックオフ会で注力すべきテーマが定まりました。
ここからは、そのテーマをチームの重要課題に落とし込み、解決策を見つけるための基礎的なリサーチを計画していきます。
この段階では、リサーチャがユーザの状況に身を置くタイプの調査が向いています。ユーザに聞きたい内容に合わせて、コンテクスチュアル・インクワイアリ(コンテキスト・インタビュー)や1対1のデプスインタビューがおすすめです。
ここでの目的は、チームが持っている疑問を解決できるような、ユーザの行動文脈や深層意識を知り、スプリントのゴールとしてどういった成果物の構築を目指すかを決める指標となるインサイトを見つけ出すことです。
ここで、基礎的なリサーチ手法をいくつか紹介します。
1対1のデプスインタビュー
このスプリント開発によって影響を与えたいユーザ数名を対象に30分ほどのインタビューを実施します。これはリモートでも対面式でも構いません。
ユーザのバックグラウンドとなる情報を集めましょう。
例えば、何にやりがいを感じるかや、これまでに経験した一番の困難について、もしくは日々の生活での出来事などです。その後、チームで決めたテーマに沿って質問をしていきます。
コンテクスチュアル・インクワイアリ(コンテキスト・インタビュー)
ターゲットユーザの勤務先や自宅を訪問し、彼らの生活環境について情報を集めます。テーマに沿った質問を準備し、ユーザ自身が慣れ親しんだ環境で質問をしていきます。この段階のリサーチで得られた結果は、アジャイルスプリントで開発する全機能の土台となります。
設計・開発チームに伝えるためにリサーチ結果を活用する
基礎調査を実施し結果を分析したら、次の目標はチームがうまく調査を活用し、アジャイルスプリントで何を設計・開発しているのかがわかる体制を確実に作ることです。
チームメンバーひとりひとりがリサーチ結果をかみ砕いて理解できるようにすることが求められます。優先すべきは、リサーチをオープンに実施し、発見したインサイトをチームの誰もがしっかりと身につけられるようにすることです。
では、調査結果を効果的にチーム内に広めるための具体的な方法をいくつか見てみましょう。
調査結果の配布とQ&Aセッションを実施する
リサーチ結果を事前に知らせておいたうえで、チームメンバーを招集してQ&Aセッションを実施します。
チームメンバーが事前に結果を読み込んでおくことが理想ですが、そうでない場合は、その場で結果を要約したうえで、質問や感想を聞きます。参加型ディスカッションの場を設けることは、リサーチ結果をチームに浸透させる非常に良い方法です。
リサーチ結果のサマリーを印刷し、オフィスまわりに貼る
リサーチ結果を印刷した紙は、興味が湧くような魅力的なビジュアルに加工できればベストです。トイレの個室のドアやコーヒーマシンの横など、みんなが息抜きをする場所に貼り付けておけば、読んでもらえるかもしれません。ぼーっとする時間があるような場所がおすすめです。これは、チームにリサーチ結果を知ってもらうための簡単な方法です。
メンバー同士が対話できるようなワークショップを実施する
リサーチ結果を大きな紙に印刷し、それを会議室中に貼り付けます。チームの皆を集め、美術館にいるかのように歩き回ってもらいます。リサーチについて書かれたポスターを見た感想や質問をふせんに書き、それを直接ポスターに貼り付けてもらいましょう。そして、グループ全員でふせんに書かれた感想や質問を共有し、議論しましょう。
評価調査を実施する
設計・開発チームが基礎リサーチの結果に基づいて改善策を立てるのと並行して、評価調査の計画を先に立てていきます。
この調査はひとつ前のフェーズで実施した、スプリントの方向性を見出すための「発見リサーチ」とは異なり、チームで構築している内容が「発見リサーチ」で見つかった問題に対処できているか否かを評価する調査です。
評価リサーチをどのように行えばいいか、いくつか手法を挙げてみます。
1対1のインタビュー形式で実施するコンセプトのテスト
コンセプト、または現在構築中のプロトタイプをユーザに見せながら質問し、どういう反応があるかを調べます。
提示したコンセプトがユーザの感じている課題を解決できているか否かを評価します。
観察調査
数人のユーザを募集し、機能を試してもらいます。
ユーザの行動を観察し、機能が実装された本来の目的がきちんと達成されるかを評価します。
使用後に実施する1対1のインタビュー調査
開発中の機能に対するユーザの行動データを確認し、開発側の想定通りの行動をとったユーザと、とらなかったユーザの両方からターゲットユーザを集めます。対象となる機能を使用したユーザと使用しなかったユーザの「ユーザ体験」を比較し、チームとして出したソリューションとユーザとのギャップを確認するのです。
評価調査実施後は、必ず「発見リサーチ」後と同じ手順を踏みます。
発見段階の後に実行した手順と同じように必ず実行することは非常に大切なのです。
チーム全員がこのような検証調査の結果を知って再び活用できるようにし、調査結果からの学びを咀しゃくして理解する機会を作りましょう。
スプリント反映の終了
チームがスプリントを完成させて評価調査も終えたら、次はその結果を反映させた次のサイクルのスプリントのためにプランを練ります。
スプリントの目的を達成し、ターゲットユーザの抱える課題を解決できていれば、スプリントが無事成功したということです。
チームは今、自分たちの目標を達成したという実績を手にし、自信に満ちあふれています。
もし、スプリントの目標を達成できなかった、もしくは構築したソリューションにも新たな課題が発見されたとしても、問題ありません。
そんな時にこそ、アジャイル開発とUXリサーチを同時に実施する価値がまさに発揮されるのです。
抽出された課題をリストアップし、次回のスプリントサイクルの土台として使います。新たなキックオフミーティングでチームの足並みを揃え、再スタートを切りましょう。このミーティングで課題を深掘りし、次のスプリントサイクルに着手します。
まとめ
今回ご紹介したプロセスが、アジャイル開発サイクルにUXリサーチを効果的に組み込むのに役立つことを祈っています。
重要なポイントは、アジャイルプロセスにおいて実行されるひとつひとつのアクションが、スプリントの目標とユーザ特有の課題の解決に確実につながるようにする、ということです。
UXリサーチの存在意義は、チームが出したソリューションが機能しているかを継続的に評価するという点にもあります。今回ご紹介した戦略を実施することで、アジャイルプロセスの全工程にUXリサーチを取り入れることとなり、チームがより強く連携しながら、多くのフィードバックを得てユーザの課題を解決する自信を持っていくことでしょう。