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1日で対面からリモートへ 戦略的UXリサーチ。セミナーダイジェスト

2022年1月27日のウェビナーでは、Uber、Googleなどの大手グローバル企業でリサーチを歴任し、現在は、世界で20億人が利用するメッセージアプリ「WhatsApp」でグループリサーチリーダーを務める、サスワティ・サハ・ミトラさんにご登壇いただきました。

今回はそのダイジェストをご紹介します。

迅速にユーザーの声を聞くため、1日で「対面調査」から「リモート調査」へ

世界最大のプライベートメッセージアプリ「WhatsApp」は、全世界で20億人以上のユーザーに利用されています。サスワティさんは、ロンドンで、この「WhatsApp」のリサーチチームを率いています。2020年2月末、新型コロナウイルスによるパンデミックがロンドンに影響を及ぼし始めたとき、「WhatsApp」のリサーチチームは、UX(ユーザーエクスペリエンス)をどのように守り、改善したのでしょうか。

数日で戦略を構築しなければいけないという限られた時間の中で、サスワティさんが打ち出したのは、大きな方向転換でした。これまで「WhatsApp」が実施してきたUXリサーチは、多職種からなるチームを現地に派遣する対面調査でした。しかし、朝一番のスタンドアップミーティングで決定したことは、迅速にユーザーの生の声を聞くことを優先し、「対面調査」から「リモート調査」に切り替えるということでした。

そして、チームメンバー8名のうち6名をインタビュー担当として、家族や友人のネットワークも利用しながら、ブラジルやインド、シンガポールからイギリスまで、世界の国々を対象にユーザーインタビューを実施したのです。

具体的な調査内容を、以下(図1)にまとめました。

文献レビュー:リサーチャー2名
ユーザーインタビュー:リサーチャー6名(電話や「WhatsApp」を通じて、友人や家族42名に実施)
対象地域:ブラジル・インド・シンガポール・メキシコ・フィリピン・イタリア・スペイン・イギリス・アメリカ
合計時間:通話5時間+分析2時間+レポート作成1時間=8時間

図1:「WhatsApp」が1日で実施したリモート調査の内容
▲図1:「WhatsApp」が1日で実施したリモート調査の内容

「対面調査」から「リモート調査」に切り替えたことにより、たった1日で、パンデミックによって全世界のユーザー行動がどのように変化しているかリサーチが可能になり、数日で戦略構築までやりとげることができたのです。

そして、「WhatsApp」の戦略構築の基礎となった今回のリモート調査では、パンデミックでユーザーが求める5つのニーズが明らかになりました(図2)。

  1. ユーザーのコミュニケーションを維持するため、「WhatsApp」はいつも正常に作動しなければいけない
  2. ユーザーが情報を確認したり修正する方法を提供する
  3. 新型コロナに関する正確な情報を提供する
  4. 食料品やマスク購入など、ユーザーとビジネスの繋がりをサポートする
  5. 情報を必要としている政府と国民を結びつけること、そのために個人情報の共有をよりオープンにする
図2:パンデミックでユーザーが求める5つのニーズ
▲図2:パンデミックでユーザーが求める5つのニーズ

リモート調査をほとんど実施していなかったチームが、今回のリモート調査で、素早く適応できた理由を振り返ってみると、「なぜ」「誰のために」方法を変えなければいけないのか、明確かつ簡潔に理解できていたからだと思っています。チームでは、戦略構築やチームの在り方を決める際、常にユーザーのことを念頭に置いてミーティングを始めました。どのようにリモート調査を実施するかという、手段の話をいきなりすることはありません。

「ユーザーにどう感じて欲しいか」「それが自分の仕事にどう影響するか」を考えることから始めることが重要なのです。

世界の全てのユーザーのUX改善をあきらめない

「WhatsApp」は、リモート調査という新しい体制に適応しながら、パンデミックにおけるユーザーニーズに対応したプロダクトを次々とリリースしていきました。その一つが「ヘルスボット」です。WHOや国、州政府と連携し、新型コロナについて迅速で信頼性のある情報をユーザーに提供するサービスです。

危機状況下において最も重要なことは「シンプルである」ということです。そのため、「ヘルスボット」の開発で重点を置いたのは、シンプルでユニバーサルなデザインにすることでした。つまり、世界のどこにいるかや年齢など問わず、このボットにアクセスしたユーザーが、何をできるかすぐに理解して欲しい情報を得ることができれば、プロダクトの成功を意味します。

「ヘルスボット」開発におけるユーザーインサイトを見つけるために、各国でヒューリスティック評価とユーザーフィードバックを収集しました。各国のエキスパート、またエンドユーザーとして社員やその友人も動員し、ボットの問題点を迅速に洗い出し解決していきました。ちなみに、ヒューリスティック評価とユーザーフィードバック収集の組み合わせは、製品をテストするのに最適な方法です。この手法により6割から7割の問題が解決できます。

この手法のおかげで、3週間で最初のボットをローンチし、その後、ナイジェリアからイギリスまで全世界で35以上の「ヘルスボット」を提供することができました。

図3:スマートフォン「KaiOs」
▲図3:スマートフォン「KaiOs」

そして、もう一つは「KaiOs」を利用するユーザーへの支援でした(図3)。「KaiOs」は、インドなど新興国で多く使われているインターネットが接続できる、10ドル程度のスマートフォンです。

「WhatsApp」は世界で20億人のユーザーがいますが、ヨーロッパや米国ではなく、南半球の発展途上国で多く利用されています。このような国に住む「KaiOs」ユーザーは世界に約1億人おり、彼らのパンデミックにおけるUX改善についてリサーチしなければいけないと感じていました。しかし、サードパーティーが運営するパネルは都市部を対象としているため、パンデミック当初は「KaiOs」のユーザー層にリーチすることができませんでした。

そこで、「WhatsApp」が選んだ方法は、外国から現地にリサーチャーを派遣することではなく、彼らの経済状況をよく理解している地元のモデレーターを選びインタビューを実施することでした。また、同時に2週間にわたる日記調査も依頼しました。

リサーチの結果、彼らの日常生活のスナップショットや音声、ビデオ、画像など、非常に鮮明で豊富な写真や資料を得ることができました。さらに、彼らの多くがリサーチに参加することで、経済的な問題を忘れることができたという事実もわかりました。つまり、彼らのUXを向上させるために「WhatsApp」ができることの一つは、「WhatsApp」を日々使用してもらい、彼らの生活の中に楽しみをもたらすことだと気が付きました。そのためには、彼らの購入頻度を考慮してデバイスサポートを継続し、彼らが「WhatsApp」に接続し続けられるようにすることが重要だとわかったのです。

図4:インドにおけるリモート調査の様子
▲図4:インドにおけるリモート調査の様子

いかなる状況でも、迅速にリサーチできるチームを構築するには

今回の経験から学んだことをまとめると、危機の中においても素早く行動し、物事を成し遂げるには「ゆっくり行動すること」が大切ということです。まず、チームを落ち着かせ、次に何をするのかに焦点をあてることが重要です。そのため、最初の1週間に生産性が落ちたとしても仕方がありません。1日で何が重要なのかを考え、1週間でチームのフレームワークを考え、1ヵ月後には危機状況下であっても通常の業務モードに戻り、しっかりリサーチをしていくことが重要です。

「危機下でどのようにリサーチチームを再編し、迅速に対応すれば良いのか」以下にまとめています(図5)。どのようにすれば、レジリエント(柔軟性のある)なリサーチを実施できるか参考にしてください。

  • 1日:チームに迅速に対応する機会を与える
    • 重要な質問と、そこから得られる結果を設定する
    • もっとデータを集めたいという衝動を抑える
  • 1週間:運用のフレームワークを決定する
    • 優先すべきことと、優先順位を落とすべきことを伝達する
    • ステークホルダーに通常と状況が異なっていることを理解してもらう
    • リモート調査で何が上手くいっているのかを共有する
  • 1ヵ月:パートナーとビジョンを共創する
    • チームの大半を通常モードで働かせる
    • ローカルパートナーの声にもっと耳を傾ける
    • 簡素化を奨励し賞賛する
危機下におけるリサーチチーム再編フロー
▲図5:危機下におけるリサーチチーム再編フロー

「WhatsApp」は、今後も「対面調査」とのバランスを考えつつ、「リモート調査」を採用し続けます。そして、引き続きアクセスが困難なユーザーを中心に、モバイルツールのイノベーションを継続的に推進してUX改善を進めていくことでしょう。

Q&Aセッション

---サスワティさんはUberやGoogle、「WhatsApp」など有名なグローバル企業でUXリサーチのご経験がありますが、UXリサーチの手法や意思決定の重要事項、プロダクト開発の進め方など、企業によって違いはありましたか?

A:どのグローバル企業においても、定性調査、定量調査、ミックスメソッドなど、UXリサーチの手法は共通しています。しかし、そのリサーチ結果をプロダクトにどう反映するかについては各社の間で若干の差があります。

例えば、Googleはグローバルの観点で、大きな課題を解決するようなものを考えたいという思考です。一方、Uberは現地において、より良いUXを提供できるような問題を解決したいという思考があります。そして、「WhatsApp」はそれらのハイブリットで、ローカルだけでなく、ユニバーサルに適用できるプロダクトを考えるという思考だと感じています。

---様々な国での実務経験から、一番難しいと感じた国(プロジェクト)とその理由を教えてください。

A:一番困難だったのは、ナイジェリアの田舎における調査でした。2016~17年頃の調査でしたが、当時、マーケットリサーチのパートナーはいましたが、ユーザーリサーチのパートナーが見つけられず誘拐など治安的な問題もあり、米国や英国からリサーチャーを連れて行ってユーザー調査を実施することが難しかったのです。しかし、こうした課題があるものの、ビジネスの観点からは投資すべき国と判断し、南アフリカやドバイなどでリサーチパートナーを得て、まさに携帯電話を販売しているすぐ横でユーザーに声をかけインタビューするといった手法で情報を集めました。

---企業のビジョンや利益とUXリサーチやアップデート方針の整合性について、会社内でコンセンサスを得られていたのですか?そのプロセスも併せて知りたいです。(例えば、「KaiOs」は「WhatsApp」のメインユーザー層ではないと思いますが、そこにアプローチする際の合意形成がどのように行われたのか)

A:「KaiOs」ユーザーは少なくはない数ですが、「WhatsApp」のユーザー全体(20億人)から見ると小規模だといえます。パンデミック時に、「WhatsApp」はデータセンターを増設したりインフラを補強するなどすることで、iOSやAndroid利用者をサポートできました。しかし、こうした「KaiOs」のユーザーたちは財政基盤もなく、混乱を避けるため都市から地方へ移動したことで「WhatsApp」に接続することすらできなくなっており、支援を必要としていました。

「WhatsApp」の哲学理念として彼らを助けるということは、under-served(政府などから十分な支援を得ることができない人々)をサポートするという意味で重要なことでした。これは、誤報を減らすことやWHOの情報をボットで共有することと並行して、上層部も同意した活動でした。彼らが必要とすることを全てサポートすることは難しいですが、今回支援できたことで、結果的に「WhatsApp」として倫理的な目的は達成できたと思っています。

---各国におけるヒューリスティック評価/ユーザーフィードバックは、何名の方に依頼/調査されましたか?その際、属性など、調査対象ユーザーの構成について考慮された点があれば教えてください。

A:ヒューリスティック評価は、専門家、会社内部、アカデミック、エンジニアといったテクニカルな知識があってアプリをテストできる資質のあるエキスパートと、エンドユーザーの2つのグループに依頼しました。エンドユーザーについては、属性というよりも、「WhatsApp」の使用頻度や人口動態的な要素を考慮しました。

結果として、各国10人ずつ、12ヵ国120人に調査しました。時間的な制約があったので、全体的なバランスやデザインにまで活かすことができませんでしたが、戦略としては製品へ貢献するリサーチができたと思っています。

---「WhatsApp」チームは、調査結果をどのように管理していますか?また、調査結果や知見、インサイトに簡単にアクセスするツールや方法はありますか?

A:オンラインライブラリのようなリサーチ結果のアーカイブがあります。トピックや国、手法別に検索できるようになってます。また、昨年からは「キーピープルプロブレムデータダッシュボード」というスプレッドシートでも管理しています。プロダクトの問題やデザインについて優先順位順に整理したチェックリストがあって、実際どのように解決したかとその効果が四半期ごとに整理されています。

---グローバル評価やユーザビリティテストを行う際、国や文化が異なる中でどのように指標を設定されたのですか?

A:グローバル評価では、ユーザーがタスクを完了できたか、その体験が目的の達成に役立ったか、楽しめたか、明確だったかなど、タスクの成功度合いを多くの国で測定しています。しかし、現在、文化的側面とタスクの成功の相関関係は測定していません。なぜなら、「WhatsApp」はより普遍的なプロダクトを作ろうとしているからです。

文化的側面は、機能評価基準として使用するよりも、チーム内の異なる文化に対する共感を醸成し、より文化的な情報に基づいた解決策を設計するために使用する方が適切だと思っています。

登壇者プロフィール

サスワティ・サラ・ミトラさん

サスワティ・サハ・ ミトラ(Saswati Saha Mitra)
WhatsApp/グループリサーチリーダー

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世界180ヵ国・20億人以上が利用するメッセージアプリ「WhatsApp」のグループリサーチリーダー。Uber/Google/Vodafone/Intel/Nokia/Bill and Melinda Gates Foundationなど、世界の革新的な企業で、35ヵ国以上の調査を行った経験を持ち、国際的なプロダクト開発に情熱を注いでいる。

また、MediumやInstagramで自身の経験や書評を発信し、プライベートでは、Family Actionを通じて移民の子供たちを支援している。

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