「しくじり」から学ぶ UXリサーチ共有会vol.4レポート
人生、すべてが「順風満帆」であることは、幸せなことでしょうか。
人を大きく育てるのは「しくじり」というスパイスであり、「しくじり」から学びを得て成長することこそが、実り多い人生を歩むコツなのかもしれません。
UXリサーチの実践においても、同じことが言えます。
2020年7月28日開催のUXリサーチ共有会では、ウェブ関連企業のウェブマーケティングやリサーチ領域でご活躍の3名がご登壇。UXリサーチを実施する中での「思い込み」「勘違い」といった「しくじり」と、そこからの学びについてライトニングトーク形式でお話しいただきました。
UX実践者の皆さんの試行錯誤のリアルを知り、UXリサーチの取り組みの一歩を踏み出す勇気に変えていただければ幸いです。ぜひ、ご一読ください!
【オンラインセミナー動画】「しくじり」から学ぶ! UXリサーチ共有会vol 4
目次
トーク①Try&Errorでたどり着いた、70点は取れるUXリサーチ/電通デジタル 川野義則さん
最初の登壇者は、株式会社電通デジタル CXトランスフォーメーション部門でUXリサーチにたずさわる、シニアコンサルタントの川野義則さんです。「受託」側として事業会社のビジネス・リサーチの推進に取り組む中でのご経験を紹介くださいました。
私の「しくじり」:リサーチ結果を得ても、クライアントが「何もできない」
川野さんの「しくじり」は、現職に就かれる前のご経験にさかのぼります。
川野さん達のチームによる調査報告に対して、こんな言葉が返ってきたそうです:
「この内容は、過去の調査結果から知っていました」
「調査結果が、期待していた検証内容と違っていました(調査前にはうまく言語化できなかったけど)」
「ユーザーのことは新たにわかったけれど、この後何をすればいいの?」
これらの言葉はつまり、リサーチ結果を得たクライアントが「何もできない」状態に陥っていたことを意味します。極端な言い方をするとクライアントのお金を「どぶに捨てた」状態だった、と川野さんは反省を込めて振り返ります。
この反省から川野さんは、UXリサーチの推進で重要なのは、リサーチ結果がもたらす役割を事前に明らかにし、クライアントの取り組みを加速する「アクセル」役、間違った方向に行くことを阻止する「ブレーキ」役の両方を果たすことだ、という学びを得たのです。
UXリサーチは準備が7割
今回のトークのタイトル「70点はとれるUXリサーチ」にある「70点」の意味について、川野さんは「UXリサーチは準備が7割」という持論をご紹介くださいました。
川野さんによると、UXリサーチの結果を活用できるかどうかは事前準備にかかっています。リサーチの準備では、リサーチ手法だけでなく「なぜ調査するのか?」を徹底的につきつめることも重要で、「クライアントが解決したい課題は何か」「検証したいことは何か」などは事前に把握しておきたい項目です。
「100点」のUXリサーチは、こうした事前準備による「70点」と、リサーチのアウトプットをクライアントに納得いただき改善を推進させることによる「30点」で目指すことができます。
調査設計の準備で川野さんが意識しているのは、「線」での設計です。アクションにつながるリサーチを設計するには、「クライアントのビジネス課題は何か」「リサーチで何を明らかにしたいのか」「リサーチ結果が出た後どんなアクションをとるか」「そのアクションの効果測定は何を指標とするか」といった一連を「線」として紐づけることが大事です。
次に、実査の準備の一例としてご紹介いただいたのは、8名のユーザーを対象としたデプスインタビューです。8名に対して同じインタビューを続けていくのではなく、2~3人のインタビューが済んだ時点で、関係者全員を巻き込んで、狙いどおりに進みそうかを検証する時間が重要だと川野さんは提言します。
後半では、ご自身がたずさわられた事例として、「お客様サポートサイト」へのチャットボット導入についてUXリサーチを実施したご経験もご紹介いただきました。
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参加者からの質問
Q.クライアント側が「なぜ調査するのか」を詰めきれてない際のフォローは?
A.なるべく、「こういうことじゃないですか」という仮説を持参するようにしています。飲食店でお客様にメニューをお持ちするイメージですね。すると、クライアント側からの「そうですね」「いえ、そうじゃないです」が出てくるので、「なぜ」にたどり着きやすくなります。
Q.8人対象のインタビューで、数人が終わった段階で調査設計自体のPDCAをはさむことの効果は?
A.メニューのたとえで言うと、「出した料理が望んでいたものだったか」を検証することで、調査手法や設問、時間などに細かなアジャストが効きます。このプロセスはなるべく全員を巻き込むことが前提です。
②電子チケット発券サービス「MOALA Ticket」のUX確立までの道/playground株式会社 村石怜菜さん
お二人目の登壇者は、playground株式会社のプロダクトマネージャー、村石怜菜さんです。村石さんは、大型商業施設関連企業にてデジタルマーケティングに7年携わった後、2017年創業のベンチャーであるplaygroundにジョイン。電子チケットサービス「MOALA Ticket(2020年7月に「Quick Ticket」から改名)」の開発運用を担当されています。
村石さんには、現場に足を運んで現場スタッフの声を聞きながらプロダクトに反映させていく、ベンチャー企業ならではの試行錯誤のリアルをご紹介いただきました。
オンラインで「もぎる」電子チケット
「MOALA Ticket」は、イベント興行主に発券・入場システムを提供するBtoBtoCサービスです。チケット販売サイトと連携してオンラインで発券し、発券後からイベント当日のUXをエンドユーザーに提供するビジネスモデルです。
発券されたチケットはユーザーの端末に配信され、会場でスタッフが「電子スタンプ」を使って「もぎり」ます(もぎる=チケットの半券をちぎる、転じて入場受付)。
村石さんによると、「MOALA Ticket」の運用で重視しているのは、ユーザーのUX、そして何より、入場時のオペレーションの円滑さです。入口でお客さんの列が滞らないよう、もぎりスタッフや販売、誘導スタッフにも理解しやすいUI/UXであることが重要です。
私の「しくじり」:エンタメ現場のリアルを知らなかった
「MOALA Ticket」の開発チームには、リアルのエンタメ現場の運用経験があるスタッフがいませんでした。そのため、UI/UX開発や改善プロセスには、現場を知らないがゆえの多くの「しくじり」があったそうです。
事例1:スタッフによる「スタンプ連打」
例えば、もぎりスタッフによるスタンプ連打が多発した事例。押せたかどうか不安で、スタッフがスタンプを何度も押す、という事態を開発チームは想定していませんでした。現場のフィードバックを受け、スタンプを押すと端末の画面が緑に光るアニメーションを入れたところ、もぎりから入場までのスピードが大幅アップしました。
事例2:電波状態がよくない会場
イベント会場にはお客さんが一度に押し寄せるため、電波の接続状況がよくないこともあります。電波状況が悪いと、すでにもぎれているのに画面表示が変わらず、入場が滞ることもあったそう。この事例は、「ただいま通信中です」「スタンプは正しく認識されました」という画面表示を追加することで対応しました。
現場の運用スタッフの声を考慮したUX設計を重視
こうした事例を踏まえ、村石さんは、現場の運用を考慮したUX設計が重要、と力を込めます。さまざまな興行に出向き、入場に戸惑っている人を見かけたら話を聞かせてもらうなど、現場を自分の目で確かめることを大切にしています。「入場スピード」という指標には徹底的にこだわり、気温の影響を確かめるため、電子スタンプを冷蔵庫で冷やして実験したこともあるそう。
また、多様なジャンルの興行に対応する「電子チケット」というサービスの性質上、幅広い利用シーンや、ユーザーのリテラシーレベルの違い想定することも重要です。
現場スタッフやユーザーの声を聞き、数字やデータも見ながら、最高のライブ体験を提供し、「夢を与える仕事を、夢の職業にする」という同社のミッションと「スポーツ・エンタメに、デジタル革命を」というビジョンを追い求めていきたい、と語る村石さんの笑顔が印象的でした。
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参加者からの質問
Q.電子チケットはどのような優先順位で設計したのか?
A.紙のチケットから電子チケットへの移行は難しいと考えています。そのため、まずは「導入してもらうこと」を重視し、現場の運用スタッフの声をどんどん聞いて反映していきました。ユーザーに対しては、スポーツ選手の壁紙配布などの特典をご提案し、満足度を高める施策も取っています。
トーク③ユーザーテストの結果を次につなげるためのTips/株式会社LIFULL 小川美樹子さん
ライトニングトークのトリを飾られたのは、株式会社LIFULLのUXリサーチャー、小川さんです。元々Webデザイナーだった小川さん、現在はユーザビリティテストをメインにUXリサーチにたずさわっておられます。
LIFULLには、自社サービスを開発運用する部署とは別に、技術基盤を支える部署があります。担当サービスを持たず、全社横断でサービスを見るこの部署で、小川さんはUXリサーチを実施しています。UXやユーザビリティの課題を解決するコンサル的業務に加え、必要であれば施策化サポートまでを担当することもあるそうです。
小川さんには、社内のさまざまな部署からさまざまな文脈で「ユーザーテストしたいです」と相談を受ける立場での「しくじり」体験とその改善方法をお話しいただきました。
私の「しくじり」:ユーザーテスト結果が活用されない
「UXリサーチでの一番のしくじりってなんだと思います?」小川さんは参加者に問いかけます。小川さんご本人が一番身に染みたのは「ユーザーテストした結果が活用されない」とき。リサーチは「目的」ではなく、サービスを使いやすくしたり利用者を戸惑わせないようにしたり、といった「改善の手段」なので、結果が活用されないのはかなり手痛いという忸怩たる思いだったそうです。
ではなぜリサーチ結果は活用されなかったのでしょうか。小川さんご自身が運用開発部署のスタッフにヒアリングした、3つのケースをご紹介いただきました。
事例1:どう対応したらいいかわからない
【Before】ユーザーテストでの指摘点をほぼすべて共有したものの、それらの深刻度が伝わっておらず担当者は「全部対応しないといけない」と勘違いしてしまった。
【After】ユーザビリティ観点での深刻な指摘に絞ってつたえたところ、どれが重要な指摘か担当者に明確にわかり、対応が進んだ。
事例2:どう改修したら改善になるかわからない
【Before】「ここがだめです。これが原因です。こういう改善案が考えられます」と、施策につなげやすいように改善案と一緒にレポートしていた。しかし、改善案を参考に自分たちでも考えた案が「改善」か「改悪」か判断がつかない状況になっていた。
【After】利用者からどう見えているかにフォーカスし、「(ユーザーは)こう誤解しています」という伝え方に変え、改善の方向性がわかるようにした。
事例3:改善する施策のスケジュールがとれない
【Before】ユーザーテストの結果が出てから施策スケジュールを立てていたが、改善のスケジュールが取れないこともあった。その原因のひとつは、ユーザーテストの内容を担当者の「知りたいこと」で決定し、結果を活用することまで考えていない、という状況だった。
【After】ユーザーテスト前から「知った内容をどう利用するか」をヒアリングすることで、担当者もテスト結果の使い方がイメージできるようになった。その結果、リサーチの計画段階で施策改善のスケジュールも立てられるようになった。
小川さんは、リサーチ結果を活用しやすくすることもUXリサーチャーの業務の一部であると考え、活用する方の状況に合わせた対応をすべく日々模索中だとおっしゃいます。皆さんの組織の状況に合わせて、結果をより使いやすくする方法を考えてみてください、とトークを締めくくってくださいました。
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参加者からの質問
Q.深刻なフィードバックに限定して報告する際、深刻度はどう決めている?
A.今回の内容は、ユーザビリティテストにしぼったお話です。ユーザビリティに限って言うと、基準は明確です。たとえば「使っている最中にサービスが落ちる」「タスクが終わっていないのに終わったとユーザーに勘違いされる」など、「ユーザーエクスペリエンスの測定」などの書籍にも記載されている基準を採用しています。
Q.上司・開発部署など社内の説得ポイントは?
A.私の場合、無理に進めず、できそうだなというタイミングで相談していた。今提案すると手戻しが多そう、スケジュールが無理そう、というタイミングを避けていた。事業部に提案する際も、それぞれの部署で優先するべきことが異なるので、「今すぐでなくても良いので、やれるタイミングでやってください」という言い方をしていました。
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「UXリサーチに向かないテーマは?」「チームが自発的にリサーチ結果を活用するスイッチが入った瞬間は?」など
まとめ
3人3様の「しくじり」、いかがだったでしょうか。
- リサーチ結果がアクションにつながらない
- 現場のリアルについての知識不足
- リサーチ結果が生かせるような伝え方ができない
こういった事態は、UXリサーチを実施する中で多くの人が直面したことがあるはずです。こうした「しくじり」を乗り越えるには、周りの人たちを巻き込みながら、リサーチ自体のPDCAを回すことも解決策のひとつです。
「リサーチ体制を改善したいがどうすれば…」とお悩みでしたら、ポップインサイトにぜひご相談ください。
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