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ペルソナマーケティング|インフォバーン井登さん「ペルソナ」って古くないですか?

「ペルソナ」は、製品やサービスの顧客像をとらえる一般的な手法です。
しかし、実際に自社顧客のペルソナを作ってみると「こんなに限定的なペルソナが本当に使える?」「このペルソナは正しいの?」と悩む方も多く見受けられます。

「ペルソナは必要ないのでは?」「古い手法では?」・・・そんな疑問にお答えくださったのが、株式会社インフォバーンのデザイン・ストラテジスト、井登 友一さんです。井登さんは、過去20年以上ペルソナ作成にたずさわってこられた、言わばペルソナの専門家です。

2020年8月31日に開催されたセミナー「インフォバーン井登さん『ペルソナ』って古くないですか?~今とらえ直したいペルソナの誤解~」では、「デザインペルソナ」が誤解されがちな点や、ペルソナ作成中や作成後の活用の段階で悩みが生じやすい・混乱を招きやすい点について理解を深める問題提起をしていただきました。

「ペルソナって古くないですか?」と一瞬でも頭によぎった経験がある全ての方に知っていただきたい「ペルソナ再理解」の手引きです。

【オンラインセミナー動画】インフォバーン井登さん、「ペルソナ」って古くないですか?~今とらえ直したいペルソナの誤解~

良い製品・サービス体験のデザインに最も必要な「誰に?」の問い

「誤解と愛憎に満ちたペルソナ再理解」という「ロマンティックな」(井登さん)サブタイトルでスタートした本セミナーは、「ペルソナとは何か」の理解を視聴者と共有するところからスタートしました。

井登さんによると、良い製品・サービス体験のデザインで大事な問いは、

「誰に」
「何(どんな価値)を」
「どのように(どんなナラティブ/ストーリーで)提供するか」

の3つです。

この3点が明確な製品、サービスやソリューション、インタラクションは、一定の基準を超えた「悪くない」デザインになりえます。

この3つの価値判断基準のなかで一番最初にくるのが「誰に?」です。

デザインをしたり、ビジネスの企画を考えたり、アイデアを出したり、といったプロセスで、自分たちが誰に対して提案していくのか、誰のためにデザインするのか、がクリアでないと、「何を」「どのように」の要素もすべてぼやけてしまいます。

向き合う対象が大勢いるなかでも「特に意図的に向き合うべきひとは誰か」を特定する思考ツールこそが「ペルソナ」です。

ペルソナは「顔が見えるたったひとりのユーザー」にフォーカスするツール

ある男性がどんな時計や車を好むかを想像する際に、「彼」についてどういった情報が必要でしょうか。

36歳 男性 未婚 年収700万 Webデザイナー 東京都郊外在住

という情報から想像した場合と、

・「近松朋幸」36歳 年収700万 Webデザイナー 東京都郊外在住
・中古マンションをリフォームして住んでいる
・「自分が愛用するものは”自分の一部”。妥協しないで納得できるものを選びたいですね」
・人生観:「所有するものは自分の目で厳選する」「ホンモノと思えるモノを大切に、長く愛用する」

という情報から想像した場合では、異なる結果がでるかもしれません。

それはなぜでしょうか。

情報量が増えたから、ではありません。情報の「質」が変わったからです。
追加の情報によって、「36歳 男性 未婚 年収700万 Webデザイナー 東京都郊外在住」の顔が見えるようになったのです。

このように、顔が見える「たったひとり」のユーザーにフォーカスする方法こそが、ペルソナなのです。

▶「『近松朋幸さん』は何を選びそうか」パートの動画はこちら


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ペルソナ開発の理想的な工程と4つのメリット

次に井登さんは、「理想的なペルソナ開発の工程」を紹介します。

正しいプロセスを経ずに作ったペルソナは「アイデアを誘発されるようなストーリーが含まれていない可能性がある」と井登さんは警鐘を鳴らします。フォーマットとしての体裁を保っているだけで十分な根拠がなく、したがって、根拠をもとに主体性をもって解釈した結果が含まれていないためです。

▶「理想的なペルソナ開発の工程」パートの動画はこちら

では、時間と手間をかけたペルソナ開発にはどのようなメリットがあるのでしょうか。
井登さんによると、丁寧に作られたペルソナには4つのメリットがあります。

  1. デザイン対象となる人物像が共有できる
  2. ゴールを捉え、コンテクストを考えることができる
  3. インサイトが得られる
  4. 提供すべき顧客経験がイメージできる

セミナーでは、そのうちの2つを解説していただきました。

メリット1:デザイン対象となる人物像を共有できる

人は、自分と接点の多い人々を自分にとっての大事な人(=お客さま)だと思いがちです。
例えば、営業担当者は自分が頻度高く会う顧客を「大事なお客さま」だととらえます。また、マーケティング担当者はリサーチ対象者や、集めたデータから得られる顧客像を「大事なお客さま」と考えます。

このように、立場が違う人たちがそれぞれ作り上げた、自分たちに都合のよいユーザー像を、「ペルソナの父」アラン・クーパーは「エラスティック・ユーザー(ゴムのユーザー)」と呼びました。「ゴムのユーザー」はあちらこちらに引っ張られるのでどの立場の人にとっても成立しているように見えますが、実はそんなユーザーは存在しないのです。

このような実在しない「ゴムのユーザー」を作り上げてしまわないために、ペルソナを作成してデザイン対象となる人物像を共有することが重要です。

メリット2:ゴールを捉え、コンテクストを考えやすくしてくれる

製品やサービス提供者は、製品やサービスの属性について「何を(提供)すればいいのか」や、その製品やサービスを利用した人が「どうなりたいのか」「何ができるようになればいいのか」を考えます。

この「どんな結果を得たいのか」の背景には、感情(=エモーショナル)の要素が介入していることがあります。そしてのこの「エモーショナルゴール」は、人生観のような大きな価値観(=ライフゴール)に依拠していることもあります。

ペルソナを作ると、こうした様々なレベルのゴールを横断して理解することができます。単に「〇〇が簡単に/スムーズにできればいい」という機能面のゴールだけでなく「どのようにできればいいのか」「それはなぜか」をペルソナは物語ってくれるのです。

つまり、ペルソナは、単にある特定の要件を満たした人物像を記述したものではない、と井登さんは強調します。

ペルソナとは、

  • センスメイキング(腑に落ちる、意味をとらえる)
  • コラボレーション(何人ものメンバーが協業する)
  • アイディエーション(発想を生み出すための判断基準)

のためのモデルなのです。

ペルソナにまつわる5つの誤解

井登さんによると、ペルソナには5つの誤解があります。

以下ではそのうちの3つについて解説します。

誤解1.ペルソナはステレオタイプである

いいえ、ペルソナはステレオタイプではありません。
「若い男性は活動的である」など固定概念にとらわれたステレオタイプではなく、特徴的な特性(価値観・人間性・好き嫌いなど)をとらえた「アーキタイプ(原型)」です。

誤解2.ペルソナは流用できる

いいえ、ペルソナは、流用できません。
アラン・クーパーによると、ペルソナはコンテクストスペシフィック、つまり文脈に非常に依拠しています。仮にA社とB社がまったく同じ商品を開発するにしても、その商品をA社が作る背景とB社が作る背景は異なるはずです。

誤解3.丁寧なリサーチ無しにペルソナを作ってはいけない

ペルソナは、作らないより作ったほうがベターです。
ペルソナを丁寧に作ると2・3ヵ月はかかります。しかし実際には、時間やリソースをかけられないケースも多いでしょう。きちんと手順を踏まずに作ったペルソナのクオリティが担保しづらいことは確かではありますが、作らないより作ったほうが「まし」です。

ただし、アラン・クーパーは、「仮のペルソナ」を作っても構わないが、思い込みやステレオタイプで作ると判断をミスリードする」と警告しています。忘れてはならないことは、一次情報を最低限収集して自分たちの引き出しを全部開けて作ること、かつ、作ったペルソナの精度を検証し、修正しながら使っていくことです。

「面倒ですよね、時間がかかるし、出来たぺルソナが正確かどうかわからない。それでも僕は、ペルソナを作る意味と必要があると思っています。」と井登さんは語ります。

では、ペルソナを作る本当の意味とは、いったい何なのでしょうか。


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ペルソナを作る意味は「感情移入」し「腑に落ちる」こと ~「アルムおんじ」はどうやって生計を立てているのか?~

HCD-Net(人間中心設計推進機構)理事として、デザインを教えるお立場の井登さん。ある日、ディスカッション中の大学生に「ペルソナって古くないですか?」と聞かれたそう。

学生が言うには、「わざわざペルソナを作成してもユーザー(取り巻く環境)は変化するし、そういった変化に応じて臨機応変に製品・サービスを改良していく前提があるとしたら、固定的なペルソナを設定する必要性は薄いのでは?」

そんな側面も否定できない、とハッとした井登さんは、ペルソナの価値を改めて考えます。

ペルソナの価値を考える例として井登さんが例に挙げたのは、アニメ「アルプスの少女ハイジ」の登場人物「アルムおんじ」です。


物語の主人公であるハイジは、祖父であるアルムおんじと生活を共にしていますが、彼がどのように生計を立てているか知る人は多くありません。仕事をしているように見えませんし、保有資産は小さな山小屋とヤギ2頭のみです。

実は、おんじは、若いころ傭兵でした。現在は、傭兵時代の蓄えと軍人年金で暮らしているのです。この設定は、「子供向けの作品だからこそ子供だましではいけない」と、若き日の高畑勲氏と宮崎駿氏(現スタジオジブリ)が議論して作ったものです。

この設定があることによって、アルムおんじの人格や作品に分厚さが増します。アニメを見る人は一気に感情移入でき、様々な情報、断片的な発見やキーファクターが腑に落ちるようになります。

人は、腑に落ちると発想が広がります。情報として書かれていないことも含めて背景を背負った状態で発想を生み、判断ができるようになるのです。

これこそがペルソナ作成に手間をかける意味とメリットです。

ペルソナを開発するプロセスとは、余計なものをどんどん捨ててコンテクストに根ざしたエッセンスだけに集中するための道のりです。ペルソナ作成を通して得られるのは、一見無駄と思えるものすべてを飲み込み、背負った上で、個別具体の末節情報から解き放たれ発想できる自由なのです。

つまり、できあがったペルソナそのものよりも、ペルソナを作っていく過程と、作ったペルソナを使って意思決定をする過程がより重要なのです。

▶「ペルソナを作る本当の意味」の動画パートはこちら

ペルソナに「古い」も「新しい」もない。

本セミナーのタイトルでも提示した「ペルソナって古くないですか?」とう問い。
井登さんの答えは「ペルソナに古いも新しいもない」です。

文脈に目指した範囲で自由な発想と具現化をするためには、ペルソナ作成を通してエッセンスへのフォーカスをすることが重要です。

では、ペルソナは毎回作らなくてはならないのでしょうか。

熟練したデザイナーの中には、わざわざペルソナを作らない人たちもいます。抽象度の高いことがらを具象化・具体化・普遍化しすぎることなく、重要なコンテキストを残したレベルで一般化できる人たちが集まると、ある種のテレパシーが働くからです。

たとえるなら、囲碁将棋の名人同士の対局で、素人目にはまだ決着がついていないように見える段階で勝敗の行方を見越し、敗者が「負けました」と頭を下げるような状況に似ています。

「ペルソナを作らなくてもいいのは3タイプ。天才、巨匠、センスがいいひとです」と井登さんは冗談めかして話します。

しかし、それ以外の人たち、愚直にデザインしていくひとたちが、様々なバックグラウンドやレベルの違う情報を持ちよって共創し、デザイン・企画・製品開発などに取り組む際は、共通言語が必要です。

必要十分なレベルでできる限り丁寧にリサーチして一次情報を集め、解釈してキーファクターを見つけ、普遍化しすぎない程度に一般化すること。それをアーキタイプに落とし込んで人格としてとらえやすいようにペルソナにし、そのペルソナをもとにアイデアを出すこと。

このプロセスをぜひお勧めします、と井登さんはにこやかにセミナーを締めくくりました。

▶鋭い大学生に「ペルソナって古くないですか?」と質問された話|note

まとめ:「ゴムのユーザー」を作らないためのUXリサーチ

自社ビジネスにとっての「大事なお客さま」を把握したい、というのは、開発責任者、プロダクトマネージャー、マーケターなど各担当者の切実な願いです。
けれども、多くの人がその「大事なお客さま」(=ペルソナ)の把握にかける時間やリソースが足りないことに悩んでいます。

時間をかけて丁寧にペルソナを作ることは理想です。しかし、時間が無くてもまずは「ユーザーに聞いてみる」ことは決して無駄なことではありません。

井登さんの解説にあったとおり、ペルソナそのものだけでなく、ペルソナを作っていく過程と、作ったペルソナを使って意思決定をする過程が重要なのです。

それぞれの担当者がそれぞれ独自の視点で描く「ゴムのユーザー」、そして「ゴムのユーザーのためのサービス/プロダクト」を作ってしまわないために、ぜひ今日から「ユーザーに聞いてみる」一歩を踏み出してみてください。