ビジネス成功の鍵を握る UXの真のROIとは – UX投資の価値とその重要性 – Microsoft UX Chiefに学ぶ【セミナーダイジェスト】
デジタルプロダクトが急速に進化する現代において、UX(ユーザーエクスペリエンス)はビジネス成功のカギを握るだけではなく、企業価値向上において重要な役割を担います。
2024年6月13日のウェビナーでは、MicrosoftのUX分野で20年以上の経験を持ち、現在Microsoft Security UX組織のチーフスタッフを務める、エイミー・ランフィアさんにご登壇いただきました。
Microsoft UIライティングの先駆者であり、Googleでもご活躍されたUXエキスパートから、UX投資がもたらす効果について教えていただいたので、今回はそのダイジェストをご紹介します。
はじめに
私は、Microsoft社で長年働いており、3名のCEOの元で経験を積んできました。その中で、もっとも興味深かったのは、それぞれのリーダーの元で文化が形成されていき、変化していったことです。特に、現行のCEOであるサティア・ナデラさんのリーダーシップのおかげで、UXをより高いレベルまで持ち上げることができました。
本日は、UXのレベルを引き上げるために取り組んできた今までの経験を、ストーリー形式で以下4点に焦点をあてながらお話しします。
- UX投資における戦略の設定
- 基盤づくり
- 共通UXフレームワークによる計画と実行
- 今後に向けて
UX投資における戦略の設定
まずはUX投資における戦略の設定についてお話しします。
2022年1月にMicrosoft社に入社した私の上司は、UXにおけるコーポレート・ヴァイスプレジデント(本部長)でした。私はチーフスタッフだったので、上司をサポートしながら社内でUX領域を成功に導くためには、UX領域をビジネス戦略にどのように結びつければよいかを考えました。
管理職や経営層の方は、施策がビジネスに与える影響(収益など)を気にします。そのため、経営層に向けて、UXがビジネスに与える影響をどのように説明したらよいかを考えないといけません。
私は、UXがとても重要であることを経営層の方に理解してもらいたかったため、管理職や経営層の方が理解できる言葉である、データを用いながら話すべきだと考えました。そのために、まずはOKRを設定しました。目標と成功するための指標を立て、達成することによってどのような成果を得られるのか、説明ができるようにしたかったのです。そうすることにより、明確に見えることがあります。UXの重要性を理解してもらえるように、KPIなどと同じようなコンセプトで設定しました。
基盤づくり
ここ数年、文化や品質、オペレーショナルエクセレンスを紐付けることを目標としています。それらの具体的な内容を、各成功事例と紐付けていこうと考えたことが、出発点でした。
もう少し、品質の部分に目を向けていきたいと思います。経営層の方は、品質の高いUXが重要である理由や、投資する理由を気にしているのです。そこで、ユーザビリティやアクセシビリティ、コンプライアンス、またレギュレーションが重要な点になります。すべてのソフトウェアがこのアクセシビリティの要件を満たす必要があり、生産性も考えなければいけません。
顧客ロイヤリティも重要です。どのような製品であれ、その製品が好きでなければ継続的に利用されません。感情的なつながりから、ブランドのロイヤリティ、信頼性が高まっていきます。
こういった顧客ロイヤリティや感情的な繋がりは、非常に重要な要素です。UXには、人々の生活をよりよく、便利にしていこうというマインドがあると思います。そのため、ユーザーの生活の質・品質も重要になってきます。
Forbesの記事にこのような言葉があります。
UXに投資する企業は、顧客獲得コスト・サポートコストの削減、顧客維持率の向上、市場シェアが拡大する傾向があります。エンジニアの方にこれを説明すると、興味を持ちます。一方で、それを証明することが必要です。
そこで、UX指標の高いプロダクトは、より強力なビジネス成果をもたらす、という非常にシンプルな仮説を立てました。この仮説を証明するために、使いやすく、質の高い体験を提供するという目標を掲げたのです。
具体的な指標は以下です。
- アクセシビリティ グレードC以上
- 使いやすさ(SEQ)スコア6以上
- タスク成功率78%以上
これらの指標が満たされれば、ビジネスの結果につながるという仮説を立て、取り組みました。
共通UXフレームワークによる計画と実行
一つ例をあげます。あるチームはそれぞれの指標が満たされていなかったので、うまく機能していないことがわかりました。次に何が問題なのかを探索する際、「測定している指標」「測定されていない指標は何か」といった棚卸しが必要になります。指標や測定方法を調査していくと、そのチームは別々の基準や表記方法で測定していたことがわかりました。
そのままでは、大規模でUXの健全性を測ることが困難なため、共通UXフレームワークを取り入れました。そのフレームワークは今も使われています。
UXの実行には、共通の測定方法の必要性やOKRについて、マネジメントチームと経営層から賛同を得ることが重要です。共通UXフレームワーク(UXヘルスダッシュボード)は経営層とより活発な議論ができるツールであることを伝えていきました。
UXヘルスダッシュボードは、一目で各製品・商品のパフォーマンスや、UX指標の状況を確認できるものをイメージしてください。例えば、製品の成績が素晴らしく、パフォーマンスが良いというスコアを設定します。すると経営層の方は、これからのROIは何になり、費用対効果があるのかなどを議論するのです。
データの相関性はうまくいっていないチームとうまくいっているチームで、どのように学び合えるかを考えるために重要です。経営層の方は、ビジネスの内部効率がどのようになっているのかを非常に重要視しています。
私たちは、相関関係を見い出すために、パイロットプロジェクトを立ち上げました。すべてを測定し、マッピングすることで、サポートインシデントが3ヵ月間で12%減少し、かなりの金額の節約を達成しました。この結果を見て、経営層の方は初めて目が覚め、UXの価値を理解し、継続的に取り組むことになったのです。そして、うまくいっていないところを全体で認識できるよう可視化して、説明責任が取れるような文化を立ち上げていきました。
このプロジェクトを進めていくなかで、エンジニアリングリーダーの方は、「UXチームがしていることは科学的なこと。行動の変化やお客様の反応を観察することが可能になるには、科学的なアプローチが非常に重要である。このことを広く取り入れる方法を考えていかなければならない。」と言いました。経営層レベルのこの方が、UXに関する発表をしたことで、全社的に感覚が大きく変わりました。
今後に向けて
今後の展望としては、シフトレフト戦略が重要だと考えます。シフトレフト戦略とは、製品・商品のローンチ前に修正をかけようという戦略です。シフトレフトをChat GPTに聞いてみると、具体的には「テスト、品質保証、その他の関連活動を後の段階まで残すのではなく、ソフトウェア開発の初期段階に近づけること」と返ってきます。
UXチームとしては、正しいものをつくってから開発を始めなければならない、と言いたいところです。一方、開発チームは「期限までに完成させなければならない」という足かせもあるのです。だからこそ、ローンチの準備の基準がこれから必要になると考えています。
テクノロジーの変化の速度は非常に進んでおり、生成AIがさらに加速させています。UXの進化や、新しい体験がもたらすことには、より新たな評価基準が必要なのです。どのように自分たちの仕事をしていくか、それをどのように測定していくかが変化していきます。
では、「なぜUXが重要なのか」これもChat GPTに聞いてみました。「本質的にUXが重要なのは、ユーザーの満足度・エンゲージメント・ロイヤリティに直接影響するからであり、ひいては市場における製品・サービス・システムの成功と競争力に貢献するからである」と答えが返ってきました。まさにその通りだと思います。
ヨーヨー・マさんが言った、このような言葉があります。
この言葉は、UXのコミュニティにも使えると考えます。この速いスピードについていくことは大変なことですが、みんなが協力し合いながら手と手を取り合い、お互いに情報を共有しながら学び合うことがいかに重要かをお伝えできたらと思います。
最後に
昨今、UXは盛り上がっています。多くのテクノロジーにおいてのパラダイムシフトを見てきましたが、これほど大きなものは未だかつてありません。UXの専門家としては、大きな機会が与えられていると感じることをおすすめします。
また今まで実現されてこなかったシナリオを、現代においてどのように実現できるのかをご自身なりに考えてみてください。技術もこれだけ進歩しましたから、今までできなかった多くのことができるようになってきています。ぜひ、お互いに協力し合いながら実現化を目指していきましょう。
Q&A
Q1.
具体的にUX改善にどのような投資が急務であるか、決断できません。ユーザーリサーチ、デザイン、テスト、実装などのリソースだけでなく、UXデザイナーやリサーチャーの雇用、ツールやテクノロジーの新規導入も重要だと考えています。UX改善に取り組むうえでの優先順位を教えてください。
A.
UXの投資を考える際に、まだ一度もローンチしていないような真新しい製品の場合と、すでにローンチ済みのものを改善していく場合で投資の仕方が少しずつ違ってくるため、さまざまな方向から見る必要があります。
真新しい製品の場合は、まずエンジニアリングのリーダーと会議体を作って集まり、1年の計画を立てます。そして、ビジネスの優先順位・事業計画を見ながら、社員の人数やベンダーにかけられる予算を洗い出して、投資の方法を話し合うところから始めてみてください。
すでにローンチ済みの製品の場合は、サポートセンターにかかってきたお問い合わせやサポートイシューなどに焦点を当てると良いです。その製品が重要であるほど、これ以上予算を確保するのはかえって利益にならない、といった問題も見えてきます。
Q2.
UXによるビジネス成果を定義するうえで、UXのROI、KPI設定が重要であると考えます。それぞれのプロジェクトやWebサイトに合わせ、効果的なUX戦略を展開するために、長期的なKPIの設定方法についてTipsを教えてください。
A.
おすすめとしては、常にお客様を中心において、KPIを設定することです。UXの専門家として、ユーザーやお客様の立場から考える癖をつけておくのが、KPI設定の際にはとても重要だと考えます。
加えて、私たちが重要視しているKPIはアクセシビリティ、使いやすさ、タスク成功率です。近年は、生成AIも出てきていますので、顧客の意図もKPIに含めています。
Q3.
UXデザインのプロセスを初めて取り入れるプロジェクトを検討しています。費用対効果を示す際に、「①製品・サービスへの効果(UX向上・競合他社との差別化)」と「②プロジェクトメンバー教育の効果(スキル向上とチームの成長)」について、どのように表現することが適切でしょうか。
A.
それぞれ切り分けていく方が良いと思います。理由としては、デザインのUXプロセスを初めて導入する場合は、他のUX以外のチームメンバーや関係者に、いかに重要であるか説得する必要があるためです。方法としては、やはり成功事例を示すことが良いと思います。高い費用対効果があった事例を提供するとともに、分析内容からインサイトが増えるといかにビジネスに有効であるかを説明することが重要です。
教育に関しては、将来的により多くの人々がプロジェクトメンバーとして参加できるようなアップスキリングを行うことがとても重要だと考えます。
Q4.
UX投資するにあたり、経営層だけでなく、社内の関係者にビジネスの視点からUXの重要性を強調する方法について、アドバイスをいただきたいです。
A.
一番重要になるのは、ストーリーテリングのスキルで、物語としてしっかり説明することが大切です。このスキルを身につけることで、経営層からの同意やスポンサーシップをより獲得することができ、その結果UXの価値を増幅し、促進できると考えます。
実際にMicrosoft社のCEOは、世界中の人々が自分たちのソフトウェアを使うにあたって「どのようなものが1番良いのだろうか」といった共感を軸に考えています。UX専門家としても、そこを目指すのがおすすめです。
Q5.
売り上げが伸び悩んでいる状況で、UIUX投資に予算を割り当てる際の判断基準について教えてください。最終的な判断は、具体的なプロジェクトの状況やビジネス戦略により異なると考えていますが、データと戦略的視点を踏まえ、UIUX投資の予算を慎重に決定しなければならないと感じています。
A.
一番重要なのは、ビジネスの優先順位を理解することです。本来であればすべて取り組みたいところですが、どうしてもUXに投資できる部分と、できない部分が出てきます。どのように判断するかというと、やはりデータの活用です。「この製品を利用している人数、収益、サポート問題の発生件数などは多いのか」「ユーザーインターフェースは複雑になっていないか」などをすべてデータから分析して、リソースモデルを構築していきます。
登壇者プロフィール
エイミー・ランフィア氏 Amy Lanfear
Chief of Staff, Microsoft Security UX at Microsoft
Former Writing Manager, Google Engineering Documentation at Google
Microsoft歴代CEOのもと、MicrosoftのUX分野で20年以上の経験があり、様々なビジネス領域で指導的役割を果たす。コンテンツデザインに精通しており、Microsoftにおける「UIテキストライティング」の先駆者として貢献。
現在は、Microsoft Security UX組織のチーフスタッフを務める。それ以前は、クラウド+AI部門とエクスペリエンス+デバイス部門のコンテンツエクスペリエンスディレクターや、Microsoft Dynamics CRMビジネスのUXディレクターを歴任。またGoogleにおいても、テクニカルライティングチームを率いて様々なプロダクトやサービスをサポートする等、テクノロジー業界で長年に渡る豊富な経験を持つ。
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