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最適なUXを実現する責任あるAI活用とは – Instagram・Warner Musicを歴任したグローバルリサーチリーダーに学ぶ – 【セミナーダイジェスト】

近年、ユーザーエクスペリエンス(UX)と人工知能(AI)の統合は、革新的なデジタルプロダクトやサービスの未来において、欠かせない要素となっています。

2024年7月11日のウェビナーでは、Instagramを経て、現在はWarner Music Groupに所属するキャサリン・キャンベルさんにご登壇いただきました。
マーケティングやUXリサーチの分野で20年以上のご経験を持ち、さまざまな業界でご活躍されているグローバルリサーチリーダーから、UXのプロフェッショナルとして知っておくべきAIの利点と欠点、責任を持ちながら効果的にAIを使用する方法を教えていただきました。今回はそのダイジェストをご紹介します。

はじめに

私は、長い間UXリサーチの経験を積んでいますが、直近はAIにも関わっています。AIは、あくまでもツールです。どのようなツールでも、便利な部分と弊害が生まれる部分があります。

本日は、AIの素晴らしい部分と、弊害になる部分についてお話しすることで、皆さんが責任のある使い方ができる一助になればと思っています。

具体的には、「AIの定義」「デザイン、リサーチ、プログラミングやプロダクトマネジメントなどの分野におけるAIの活用方法」「UXがAIから受けられる恩恵」についてお話ししながら、私たちの顧客をAIの弊害からどのように守ることができるのか解説します。

人工知能(AI)とは?

人工知能(AI)の主な種類とそれぞれに関する説明
人工知能(AI)の主な種類

昨今、ニュースなどで生成AIが取りあげられています。AI自体は1950年代からある技術ですが、そこからさらに開発されたのが生成AIです。AIが開発された1950年代から時代が進み、機械学習が開発されました。こちらは、AIを使って論理モデルを自動で構築していくもので、レコメンデーションなどに使用されます。

ディープラーニングは、大規模な言語モデルを含み、膨大な量のデータを学習するモデルです。膨大な量のデータを機械が学習し、より正確な形で画像やスピーチ、 テキストなどを音声・画像認識します。

生成AIは他のAIモデルと異なり、対象を認識するだけでなく、AI自身が画像やテキストを生成します。

AIをどのように役立てるのか

機械学習を事業に活かす方法

機械学習に関しては、私たちの周りで活用されている例が数多くあります。例えば、レコメンデーションです。こちらはおすすめの機能で、ユーザーが買いたいもの、求めているものを表示したり、TikTokやInstagramで、表示するコンテンツを最適化します。さらに価格戦略に利用することも可能です。ユーザーの購入意欲を損なうような金額に設定することなく、より良い価格を機械学習で出力します。

生成AIを事業に活かす方法

例えば、インテリアやホームグッズの企業では、マーケティングのために動画や画像を作成することがあります。画像は、安価で準備することが可能ですが、動画はある程度の予算が必要です。そこでAIを活用することによって、動画も安価に作成できます。

他にも、コピーライティングではコピーのAI生成、カスタマーサポートではチャットボットを活用し、ユーザーからの質問に対してFAQをふまえた回答を生成できます。

またアプリケーションなどのプロダクトマネジメントの戦略では、ブランドの強みと弱み、競合と比較した客層の特徴を生成AIに質問することも活用方法の一つです。

UXの観点では、ペルソナの開発やユーザージャーニーの開発、ジョブ理論などで活用することができます。ジョブ理論にAIを活用する方法については、ジム・カルバックさんの記事(Using AI To Augment JTBD Research)をご参照ください。

アイデアをつくる初期段階では、多くの情報が混在した幅広い分野の質問が必要になります。そのような状況はAIの得意分野です。しかし、皆さんがすでに顧客と直接会話していたり、顧客理解が深まっている場合は、皆さんのほうが理解されているのでAIはそこまで便利ではありません。

AIをクリエイティブに活かす方法

デザイナーとしては、さまざまなアイデアを簡単にブレインストーミングしたいと考えます。例えば生成AIに対して、「自然にフォーカスしたアプリデザインを出してほしい」という注文を出したとします。生成AIは、色の基調やフォントの調整など、アーティスティックなスタイルに変更することが非常に得意です。「画像をよりフェミニンにしてください」「男性的な画像にしてください」といったニュアンスも伝えることが可能なので、その点においては便利なツールです。

AIがもたらす弊害

AIが弊害になる例として、文脈の理解が抜けていることや、正確性や創造性に欠けていることがあげられます。AIは、過去のデータに基づいてパターンを見つけるという特性を持っており、それはとても危険です。

現在のAIモデルでは、データの振り分けや、元データのクオリティを確認することなく、すべてのデータから学習するようになっています。倫理上よろしくないデータも含めて、すべてが学習対象です。
このようなAIによる予測は、良い悪いのラインをしっかり理解して選択することや、AI自体を制限することで防げます。制限を設けると集まる情報が限られてしまいますが、その背景を理解して正しく活用してください。

1. 機会の損失

AIのトレーニングセットに必要なデータが含まれていなかった場合、AIは求めている内容を教えてくれません。皆さん自身で考えなければ、トレンドを逃してしまう場合があります。

2. 特定の文脈理解の欠如

また、AIは特定の文脈理解も欠如しています。AIモデルを最適に開発することは、非常に時間と費用がかかります。そのため、昔のモデルを作った方々は「AIによってどのようにビジネスを展開できるか」を考えていました。

AIでビジネスを展開できる業界は、豊富なデータを持っています。しかし、それ以外の課題やトピックなど、他業界についての文脈が欠けていることがあります。

3. 創造性の喪失

生成AIは、新しいものを出力するのではなく、過去に存在するものを元に生成するため、創造性は喪失されてしまいます。

Midjourney(ミッドジャーニー)などのさまざまな生成AIが、アーティストや作家から仕事を奪ってしまっているといった問題もあります。例えば、多額の予算をアーティストに支払うことなく、安価な予算でMidjourneyを利用し、「特定のアーティストのスタイルで画像を作ってください」というプロンプトを出すことも可能です。

生成AIは新しいインプットがないため、時代が進むにつれて、同じことの繰り返しになることも予想されます。

4. 不確実性

加えて、AIには情報の不確実性といった問題があります。これは、「ハルシネーション(幻覚)」と業界で呼ばれますが、よく発生する事象です。

特に、昔のAIモデルは情報の出典を明示しないため、原因を特定して修正することが難しくなっています。例えば、保険会社のチャットボットで、特定のケースに関して「保証される」という回答が出たにも関わらず、実際にはその保険ではカバーされておらず、裁判になったこともありました。

このように、生成AIの不確実性には非常に大きなリスクが伴います。

5. AIの環境負荷

環境負荷に関しても、AIは問題を抱えています。AIは通常のGoogle検索に比べて、10倍のエネルギーが必要です。ゴールドマン・サックスの記事では、数年前、アメリカの中で電力の3%を使っていたデータセンターが、2030年には電力量が8%まで引き上がると発表されました。
ブロックチェーンなども関わってきますが、大半がAIによる負担になっています。

AIを責任を持って使うために、私たちができること

AIを活用するためのより良いプロセスのイメージ画像
AIを活用するためのより良いプロセス

AIを責任を持って使うには、私たちで顧客の声を反映させることが重要です。
例えば、アナリティクスだけを使うのではなく、顧客の経験や話を聞いて、それに基づき作っていくことや、バイアスが入っていないか確認しながら検証していくことが必要です。もしも、それによって今までと異なる結果が出た場合は、必ず原因を調査してください。

最後に

AIは非常に重要なツールですが、あくまでもツールでしかないことは忘れないでください。

私たちUXのプロフェッショナルは、非常に重要な役割を果たしていると考えています。ツールやデータモデルよりも私たちの方が深く思考しているので、AIをどのように活用するかは私たちの責任です。「ツールがあるから、もう顧客と会話しなくていい」と考えるのではなく、ツールを活用していくことは私たちに任せられた大切な責任であることを忘れず、真剣に捉えて活用してください。そして、引き続きユーザーを守り、ユーザー体験を改善していきましょう。

Q&A

– Q1.
AIの発展は、UXに改革をもたらすと感じています。AIとUXの融合は、製品やサービスでのユーザー体験の向上につながるものの、AIの出す結果に偏見が生じないようにすることが、リサーチャーやデザイナー、開発者に求められる責務だと感じています。今後UXに関わる私たちは、技術力だけでなく、倫理的な判断力も必要とされると思います。キャサリンさんが考える、今後UXerが身につけるべきスキルを教えてください。

– A.
AIを活用する能力は今後必須になるスキルであり、「AIを使うことができる」というのはマストになります。今までAIに触れてこなかった方は、コミットメントを持ちながら学んでください。例えば、AIに関する学習コースを受講したり、本で学習したりなどご自身で積極的に学びましょう。

LinkedinやX(旧Twitter)には、ビジネスインフルエンサーがいるので、内容がわかりやすいと思った人をフォローして学ぶこともできます。ビジネスインフルエンサーの方々は、AIを使った失敗例なども紹介しているので、そこから理解を深めるのが良いと思います。

UXは定量的な方向に進んでいます。機械学習のプログラマーやデータサイエンティストと仕事をする機会が増えるので、ご自身でも実験的にAIの活用方法を模索していくマインドセットが重要です。加えて、コミュニティやグループに所属して、AIに関する課題をディスカッションすることも役立ちます。

– Q2.
UXにAIを活用する上で、AIの多様なデータ適用について危惧しています。異なる国や人種、また生活層や家族構成など条件が異なれば、ニーズも違ってくると考えられる中、UXにおいて、AIのデータをそれぞれの人々に公正かつ効果的に適用する方法と、AIから得られたデータが信頼できるものであることを保証するための取り組みについて、キャサリンさんのご経験から教えていただけると幸いです。

 – A.
データモデルが作られる際の元データは、現在簡単に見つけられる情報が多くなっており、高品質で情報が網羅されているデータが優先されるように構築されていません。出力されるモデルデータには、必ずバイアスがあるので、どこにバイアスがあるのかを私たちで確かめることが重要です。

例えば、元データの情報が年配の層の情報のみに偏っていて、若い層が含まれていなかったり、地域的なバイアスがかかっていることもあります。地域的なバイアスは、アメリカだと特に強いです。アメリカには非常に多くのデータがあるため、出力されたモデルデータが世界の他の地域を表すものではなく、アメリカのデータに基づくものであることがよくあります。データの元となる情報がどこから来ているのかわからない状況であるため、常に最悪のパターンを想定して、データを確認しましょう。

本来データの元情報を見つける動きは、テックカンパニーが実行するべきですが、その作業をすることはテックカンパニーに対してあまりインセンティブがありません。
また一度出力されたデータモデルの情報元を特定し検証することは、インセンティブが少ない傾向にあります。利用できる情報として、例えば、著作権がついている音楽や、ウォーターマークがついて著作権を管理している音楽は法律的に問題がありません。そのような管理体制が全面的に構築されていくと、情報を使用することに対して費用を支払えるようになります。

リソースがあり、アルゴリズムのライセンスに金額を投資する能力を持つような企業に限る話になりますが、社内の内部データをAIに取り込んで、データの生成を行っていくと責任のあるAIの使い方ができるようになってくると考えます。

– Q3.
昨今、アメリカやEUにおいて、生成・AI活用についての基準や規制が設けられています。日本では、生成・AI活用の法的観点において、法的整備がまだ整っていないのが現状です。Warner Music Groupでは、今後、企業が生成AIを安心・安全に利活用できるよう、取り組まれている、または取り組む予定であるサポートはありますか?

 – A.
一つの国で規制があったとしても、そこまで大きな意味はないと考えています。世の中がグローバルになっており、すべての国が情報でつながっているためです。その中で、大きな地域をカバーしている国がリードしていくことが重要であり、それに基づいて、世界中の国や企業が動いていきます。特にデータプライバシーではEUがリードしていますが、EUが作った規制は、まだベーシックな部分しかカバーできていません。データに関する規制が整備されて、データを公平に使うことができるようになるまでには、まだまだ時間がかかると思います。

Warner Music Groupや、他のエンターテイメント企業では、アーティストの権利を守ろうとしています。特に企業に対してはアーティストの作品や情報を報酬なしに無許可でスクレーピングすることは禁止と伝えているので、今後裁判も増えていくと思います。現在、公平な情報の使い方や報酬のスキームを定着させるために取り組んでいますが、世の中に浸透させるには5年かそれ以上の時間をかける必要があると考えています。

AIツールを100%安全に使う方法はありませんが、より良識的な使い方をすることは、皆さんも早速本日から始められると思います。
例えば、使用するツールとしてAdobeに関しては企業としてきちんとアーティストへの支払いが可能であることを強調しているので、責任のある使い方ができます。ツールを吟味せずに使用すると、自身や所属している企業が訴えられてしまうことにもつながるため、注意が必要です。

登壇者プロフィール

登壇者プロフィール画像

キャサリン・キャンベル氏 Kathryn Campbell

Global Research Leader
Director of User Research at Warner Music Group
Former Research Pillar Lead at Instagram

マーケティング、UXリサーチ、デジタル戦略において20年以上の経験を持つ。現在は、Warner Music Groupで世界中のアーティストとそのファンをサポートするデジタルプロダクトのリサーチを指揮。それ以前は、Instagramのインテグリティリサーチを率い、ユーザーの安全性と、フィードランキング、検索、レコメンデーションを決定するAIと機械学習アルゴリズムのインテグリティを担当。
また、世界最大のチケット販売会社であるチケットマスターにおいて、the Research & Insights Center of Excellenceを立ち上げ、主導した経験を持つ。 ユーザーエクスペリエンス専門家の世界的組織であるUXPAインターナショナルの元北米ディレクターでもあり、UX、リサーチ、デジタル戦略、AIをテーマに多くのカンファレンスで指導、講演を行うなど、UX業界で長年に渡る豊富な実績と経験を有する。

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カテゴリ: UXウェビナーダイジェスト
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