Blog
ブログで学ぶUX

エスノグラフィー・行動観察調査の3つの価値と事例

エスノグラフィーという手法は、ビジネスにおいて新たなニーズや課題を発見するために有効な方法として注目されています。

※関連ブログ:エスノグラフィー(行動観察)とは?Webマーケにおける「行動観察の3つの役割」

エスノグラフィーとは、民族学、文化人類学などで使われる調査研究手法の一つです。

本稿では、マーケティング領域でエスノグラフィーや行動観察調査の活用を検討している方に向けて、

  • エスノグラフィーの3つの価値
  • エスノグラフィーをマーケティングに活用する具体事例

についてご説明します。

エスノグラフィーとは「見知らぬ現場を観察すること」

エスノグラフィー(Ethnography)は、ギリシア語の「ethnos(人々)」と「grapehin(描く)」という2つの言葉を語源にもち、直訳すると「(いろいろな)民族を描写すること」となります。もとは文化人類学などで民族の生活様式などを詳細に記述してゆく研究手法の一つでした。

マーケティングにおけるエスノグラフィーも「人々が活動している現場を観察・理解し、それを描写するための手法」といえます。

エスノグラフィーを用いた調査では、調査対象である人・グループとできるだけ生活や行動をともにし、その行動を観察したり、事後的にヒアリングを行ったりします。

この取組により、短時間インタビューやアンケートなどの断片的な情報ではなく、より包括的な思考・行動パターンを理解できるのです。

では、ここからはエスノグラフィーの3つの価値をお伝えします。

エスノグラフィーの3つの価値

エスノグラフィーの価値1:「ありのままの現場」を理解できる

「事件は会議室で起きているんじゃない!現場で起きているんだ!」という刑事ドラマの名台詞。

実は、エスノグラフィーにおいては会議室も「現場」となり得ます。

エスノグラフィーが指す「現場」とは、「人びとが何かを実際に行っている場」「ある事がらが実際に起きている場」を意味します。先ほどの「会議室」は「刑事事件の現場」ではなくても、「会社員が仕事をする現場」ではあります。少し想像してみましょう。

あなたは現在、プレゼンに用いられるプロジェクタの使いやすさを調べるため、行動観察を企画しています。このプロジェクタは主にオフィスの会議室で使われていることが多いようです。

さて、この調査の「現場」はどこになるでしょうか? もちろんお察しの通り、
現場:「プロジェクタが利用されている最中の会議室」
行動観察対象:「オフィスワーカーがプロジェクタを利用している様子」
となります。

エスノグラフィーの特徴は、まずは現場で起こっていることに関わり、それを記録して理解しようとする姿勢です。

そして、エスノグラフィーの成功は「記録されたものを他の人が見たときに現場をイメージできるかどうか」にかかっています。

現場では同時並行的に様々な出来事が起こっています。そのため、それらの様子を深く理解し、また、その場にいない人にも共有するには、書き言葉だけでは力不足です。文字だけではなく、写真、ビデオ、音声など、あらゆる知覚チャンネルを駆使して記録を残す「マルチメディア性」は、観察調査において非常に重要であるといえます。

エスノグラフィーの価値2:現場感のある「問い(仮説)」を発見できる

エスノグラフィーの目的は、既に何となく答えにあたりがついているもの・仮説が出ているものの確実さを検証することではありません。

エスノグラフィーの目的は、「現場でどのようなことが問題になっているのか」という問いそのものを見つけ出すことです。つまり、「仮説」を見つけ出そうとするプロセスこそがエスノグラフィーの目標であり、同時に行動観察の目指すところなのです。

では、「仮説を見つけ出す」とはどういうことでしょうか。

【事例】保険代理店に対するユーザの「ある誤解」

ある保険代理店のケースを挙げてみます。

この保険代理店は契約数の伸び悩みに苦しんでいましたが、原因が分からず、対策も立てられないという状況にありました。苦境を打破するため行動観察を行なったところ、代理店の社員たちには思いもよらないような事実が明らかになりました。

それは、あるユーザが、代理店=保険会社と誤解し、代理店名を指さしながら「聞いたこともない小さな保険会社は信用できない」という思い込みを口にしたことでした。
この出来事から、社員にとっては当たり前の「代理店は保険会社ではない」という事実がユーザには理解されていない可能性が浮上してきました。

この場合の「仮説」は、
「『代理店は保険会社ではない』という前提がユーザに理解されていないかもしれない」ということです。

この「仮説」に基づいて改善策を打ったところ、月間の申込み数約10倍という驚異的な改善がもたらされることなりました。

「見えていなかった問い、問題」を見つけ、解決することが、いかにインパクトの強い結果をもたらすか、よく示された例であると言えます。

エスノグラフィーの価値3:「仮説の背景にある文脈」を理解できる

エスノグラフィーの主役は「調査対象者(ユーザー)」です。
ある状況におけるユーザの自発的な行動を観察することで、「仮説」を導き出すことが目的です。

行動観察中は、ユーザーの行動や気持ちをできるだけ妨げないよう、原則として、ユーザーの普段通りの自由な行動を観察することに集中します。この自由さによって、「文脈」の理解が可能になります。

「文脈」とは何か

「文脈」とは何を指すのでしょうか?
たとえば、30代女性がこれまで使ったことのない「化粧水」を購入検討するとします。その際には、自社商品以外にも、同価格帯の別商品を検討(競合検討)したり、口コミサイトの閲覧(口コミの確認)をしたりするはずです。また、その化粧水をどのように認知したか(認知経路)、どの段階でその化粧水の公式サイトを見ているか、などもサービス改善の重要なカギになることがあります。これらの要素はすべてユーザーの「文脈」です。

ユーザーの自由な行動を観察することで、こうした「自社サービス以外でどのように活動しているか」を含む「文脈」を把握することができるのです。

逆に、このような手法以外で「自社エリア外の行動」を正確に知ることができる手法はあまり多くありません。

自社の顧客データベースやWebサイトのアクセス解析であれば、ユーザの購買行動や自社サイトでの動きはつぶさに把握できるものの、離脱の理由や競合サイトについてどう思っているかなど、事実を離れた「文脈」「背景」の理解の直接的な助けにはなりません。行動観察の強みは、「文脈ごと理解できる」という点にあるのです。

【事例】マーケティングにおけるエスノグラフィーの活用

ここで一度、エスノグラフィーの3つの価値をまとめてみましょう。

  1. 「ありのままの現場」を理解できる
  2. 問題点を可視化し、「仮説」を発見できる
  3. 行動の元となる文脈を理解できる

エスノグラフィーのこのような価値は、文化人類学にとどまらず、マーケティング成果向上に非常に有用です。

ここからは、マーケティング活動において、エスノグラフィーをどんな目的・どんな手法で活用できるかの実例をご紹介します。

エスノグラフィーで「極端な消費者」から普遍的な結論を得た花王

「極端な消費者」から得た仮説が「一般消費者」にも当てはまる

マーケティング領域に強みをもつ化粧品会社「花王」は、人々のエイジングの捉え方やアンチエイジングに取り組む理由を探るため、エスノグラフィーを用いて半年間の調査を行いました。これは、アンチエイジングの新商品開発のための調査ではなく、新たな視点を探るための調査でした。

この調査では、一般的な考えを持つユーザではなく、良くも悪くも極端な考えや思い入れを抱くユーザ(エクストリームユーザ)5人を調査対象としました。

エクストリームユーザの例

 

  • 糖尿病のため食事制限中の男性会社員
  • 白髪染めをやめてアンチエイジングに消極的になった40代女性
  • 20歳ながら老母約が得意な女優

試験者は、ユーザの勤務先の社員食堂や自宅など、ユーザが普段通りに振る舞い偶発的なやりとりが重視できる環境を選び、聞き取り調査を行いました。その後、調査内容をビデオ録画で社内共有し、グループディスカッションを実施したところ、以下の発見がありました。

こうして「エイジングとはアイデンティティの変化に対する機制(リアクション)である」との結論を得られた。すなわち、「病気や環境の変化といった何らかのきっかけから大切にしていた価値観が崩れた際に、改めて自身のアイデンティティーを更新する過程である」という。また、5人に「何もしなければ、世界は狭くなっていく」という共通した心理があることも分かった。

出典 IT pro

驚くべきは、この「エクストリーム」なユーザから得られた仮説が一般消費者にも当てはまったということです。

参考記事:花王 消費者調査にエスノグラフィー手法を導入

エスノグラフィーだからこそ得られた新しい「エイジング」の視点

このエスノグラフィーを実施するまでは、開発者は「エイジング」を「年齢と共に意識される概念」と考えていました。そのため、「年齢より○歳若く」という、実年齢を基準とした考え方が理想的なアンチエイジングであるととらえていました。

しかしながら、上述のとおり、エスノグラフィーによって、消費者にとっての「エイジング」は年齢にかかわらず、「何らかのきっかけで今までの価値観が崩れた時、自分のアイデンティティーを更新する過程」であることがわかったのです。

その「きっかけ」とは、具体的には、結婚、出産、転職・昇進など、自分自身や家族のライフステージの変化、また、病気やケガなど、今までの状況から何かを失い、新しい自分を作り上げなければならないタイミングを指します。

つまり消費者は、歳を重ねるたびにではなく、自分や自分を取り巻く環境が変わった時にエイジングを感じていたのです。

この結論から、花王は「今までと違う新しい状況に置かれた人に、世界を広げるためのサポートをすれば良い」という方向性を得ることができました。これは簡単なアンケートや推測でわかるものではなく、エイジングやアンチエイジング商品に対する直接的な考え方以外の部分も「文脈」として得られるエスノグラフィーだからこそ得られた結論なのです。

参考記事:ビジネス・エスノグラフィーがイノベーティブな組織をつくる

エスノグラフィー 今すぐできることから始めよう!

1.エスノグラフィーの基礎を学ぶ

エスノグラフィーとは何か、まずは学びを深めたい方には以下の記事がおすすめです。

エスノグラフィーが何かを多角的に知る

春秋社より出版された「エスノグラフィー入門」紹介ページでは、Web特集として、エスノグラフィー入門手前の基礎知識が説明されています。

いくつかの視点からとらえた「エスノグラフィーとは何か」が、それぞれ分かりやすく分類されており、マーケティング分野にとらわれないエスノグラフィーの意味も知ることができます。

参考記事:エスノグラフィー入門 〈現場〉を質的研究する(小田博志 著)

具体例と共に専門性を身につける

さらに専門性の高い内容について学びを深めたい方には、京都大学フィールド情報学のサイトがおすすめです。なかでも、「エスノグラフィ」と題されたスライド資料は、二つの具体事例の詳細が解説されており、実際の手法を学びたい方にとって大いに参考になる内容です。

参考記事:京都大学フィールド情報学研究会 フィールド情報学 エスノグラフィ(第5章)

2.自分で「行動観察」をやってみる

長期間の「行動観察」を最も手軽に実施する方法のひとつがユーザテストです。
まずは家族や友人、同僚に声をかけてモニタになってもらい、スマホのカメラで撮影するところから始めましょう。

ある製品やWebサイト・アプリなどに対して、あなたご自身が抱いていた思いとはまったく異なる感想が引き出せるかもしれません。その「違い」の発見こそ、エスノグラフィーへの理解の次の一歩ともなります。

具体的なノウハウは、無料でダウンロード資料にまとめてあります。ぜひ参考にしてみてください。

無料DL|ユーザビリティテストの基本

数あるUXリサーチ手法の中でも最初に始めやすい「ユーザビリティテスト」の「基本的な設計・実査・分析の流れ」と「実施の進め方や注意点」を解説します。

まとめ

今回お伝えしたかったことは次の3点です。

  • エスノグラフィー調査は、対象者とできるだけ生活・行動を共にすることで、インタビューやアンケート等の断面的な情報ではなく、より総合的な理解を目指す調査。
  • エスノグラフィーの価値は、「ありのままの現場を理解できる」「現場感のある仮設・問いを発見できる」「仮説の背景ある文脈を理解できる」の3点。
  • エスノグラフィーは、マーケティング分野においても、顧客理解を深めるために非常に有用である。

ぜひ今後の調査設計に向けて、参考になれば幸いです。

投稿日: 2016/12/16 更新日:
カテゴリ: カスタマージャーニー、プロトタイプ、ペルソナ
タグ: ,