UX思考と認知科学の3つのポイント ~「フォートナイト」成功の秘密①~
本記事は著者より許可を得て翻訳したものです。
元記事:”Understanding the success of Fortnite: A UX and psychology perspective, part 1” Jun 21, 2020
著者:Celia Hodent
世界で2億5,000万人以上のファンを持つ大人気バトルロイヤルゲーム「フォートナイト」。爆発的な人気を獲得した理由のひとつは、その「優れたUX設計」です。
本稿では、フォートナイトのUXディレクターを務めたCelia Hodent(セリア・ホデント)さんの記事をご紹介。フォートナイト開発のプロセスで人間の「知覚」「注意(力)」「記憶」の限界に挑み、どのように「よいゲーム体験」を作りあげたかを解説します。
ゲームに「UX思考」を取り入れる3つのステップ
「フォートナイト」は、歴史上最も成功したテレビゲームの1つです。
単なるゲームが、なぜリリースからわずか数年で社会現象になるほどの成功を収めたのか、多くの人が驚き、魅了されています。
私は、2013~2017年後半まで、EpicGamesのユーザーエクスペリエンス(UX)ディレクターとしてフォートナイトの開発にたずさわりました。本稿では、この経験を踏まえ、フォートナイト開発で利用したUX手法を紹介したいと思います。
「UX思考をもつ」とは、「ターゲットユーザーに最高の体験を提供すること」です。UX思考は、製品、サービス、システム、そしてテレビゲームなどあらゆるものに取り入れることができます。
また、UX思考というアプローチが適用できるのは、「システムの使いやすさ」や、特にゲームのような娯楽目的のシステムに重要な「ユーザーを惹きつける魅力」だけではありません。
UX思考は、ユーザーを尊重しているか、誰にとっても利用しやすいか(アクセシビリティ)といった、倫理感、また、人間の多様性を尊重し、全ての人に平等に機会を与えることを理想とする「インクルージョン」の考え方にもつながるのです。
人は、無意識のうちに、かたよった見方をしがちです。例えば、心理学という私の「バックグラウンド」、UXストラテジストという「職業」、ゲーム業界での「経験」などが、私の「モノの見方」にバイアスを与えているかもしれません。
このため、UX思考というアプローチが重要なのです。
フォートナイトの制作チームは、自らのヴィジョンを実現しつつも、さまざまなタイプのプレイヤーにアピールするゲームを提供するため、UXチームと深く連携を図りました。つまり、フォートナイト成功の一要因は、UX思考を備えたチームの貢献があったことなのです。
本稿では、世界中のゲームクリエイターがより効率的にゲームプレイヤーを喜ばせられるよう、フォートナイトで用いた「ゲームUX」という考え方をどう発展させ、UX戦略をどう構築するかを説明していきます。
UX戦略を構築することは、毎年何千ものゲームがリリースされる中、少ないリソースで競争しなければならないゲームクリエイターにとってとても重要なことです。
以下では、ゲームにUX思考を取り入れるための3つの重要なステップについて、フォートナイト開発での具体例を踏まえて説明します。
<ゲームにUX思考を取り入れるための3ステップ>
-
- プレイヤーの脳を理解する
- ゲームUXフレームワーク*に従う
(* ゲームのユーザビリティとエンゲージ・アビリティのガイドライン) - 科学的な方法の適用とUXパイプライン(UXリサーチを組み込んだ製品開発工程)の確立
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プレイヤーの脳を理解する
フォートナイトの成功の理由を「UX」の観点で語る際には、人間の脳の機能を理解する必要があります。
人間は、心(脳)を通じてテレビゲームを体験します。
したがって、プレイヤーがどのようにゲームを体験するかを予測するには、人の脳の主な機能やその限界を知ることが重要です。
▲脳はどのように学習するか
人間の心理的プロセス(例:「注意力」「記憶力」など)をあつかう研究は「認知科学」と呼ばれます。 上の図は、情報を学習または処理するときに脳内で起こっていることを簡単な図で表したものです。
情報の学習・処理のプロセスは「インプット(=脳に入力された情報)」を「知覚」することから始まります。そして、その情報を五感(正確には「感覚」は5つ以上あるのですが)で伝達し処理していく過程で、記憶は変化しやすくなります。
人の脳には、「ニューロン」と呼ばれる神経細胞があります*。人が何かを学ぶと、このニューロンから情報を出力する「シナプス」が新しく生成されたり、強くなったりします。ニューロンとニューロンが新たに接続したり、結びつきが強くなるということです。(*ポップインサイト編集部による補足)
人間の脳細胞は、最初からつながりあっているわけではありません。本を読んだり、映画を観たり、友人とチャットしたり、といった日常生活のあらゆる場面で、いわば脳の「配線」をやり直しているのです。
このように脳の神経ネットワークが外的刺激によって常に変化しているおかげで、脳は順応性をもち、人間は絶えず変化する環境にも適応できるのです。
脳が外的刺激を知覚して脳内の記憶を修正するあいだには、多くのことが起こります。なかでも、学習の「質」は、注意力、やる気、感情といった多くの要因の影響を受けます。
ある情報を学習し、それを記憶にとどめる「質」に最も影響をおよぼす要素は、情報を処理する際にどのくらい注意を払っているかです。人は注意を払うほど、周りで起こっていることをよりよく処理し、その情報を脳にとどめられます。
では次に、人間の心理的なプロセス(知覚、注意、記憶)の限界と、フォートナイトの開発でその限界をどう取りあつかったかをご紹介します。
脳は非常に複雑です。一本の線だけでつながっているような独立したチャンネルで情報処理を実行しているわけではないのです。脳の機能を説明する際、コンピューター用語が使われることがよくあります。とてもわかりやすい比喩ではありますが、実際には、脳はコンピューターのようには機能しません。 脳はコンピューターよりはるかに複雑であり、科学者は脳の機能をやっと理解し始めたばかりなのです。
では、ここからは、心理的プロセスの限界について簡単に説明します。
※詳しくはGDC2015での講演採録記事をお読みください(英語サイト)
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「UX思考」で人間の「知覚」「記憶」「注意(力)」の限界をカバーする
1.知覚
知覚は思考・感情・記憶をつかさどる心を構成する概念であり、主観的なものです。
下の絵を見てください。
▲「ストリートファイターII」キャラクターのミニマルデザイン(アシュリー・ブラウニング作)
あなたには何に見えますか? 縞模様ですか?それとも人間に見えますか?
テレビゲーム「ストリートファイター」のキャラクターに見えるでしょうか?
「ストリートファイター」についての知識や、ゲーム経験の有無によりますが、誰しもがこの情報(=絵)を同じように「知覚」することはありません。
また、色覚異常がある場合、質問への答えは上記のいずれにもあてはまらないでしょう(男性人口の約8%が色覚異常を持っていると言われています)。
この例からわかるように、製品やシステムなどを設計する場合は、誰もが利用できるようにする必要があります。これが、情報を色だけで伝えるべきではないとされる理由です。
知覚は主観的なものです。DNA、事前知識、予想、育った文化、コンテキスト(文脈)など、多くの要因に依存します。 このことは、テレビゲームを作成するときに問題となります。なぜなら、ゲームクリエイターは、自身が意図したとおりにプレイヤーに知覚してもらいたいと思うからです。
ゲームは言い換えれば「刺激の連続」です。
知覚が主観的であるのに、ゲーム内のすべての視覚的・聴覚的情報が作り手の意図したとおりに知覚されているかを確認できるでしょうか?
はっきり言って、それは不可能です。
ですから、ターゲットユーザーを集めて開発中のゲームのUXテストを実行することが非常に重要なのです。
フォートナイトの主要な要素が意図したとおりに知覚されているかどうかを判断するために、私たちは主にアンケート調査を2013年に実施しました。
ゲームのプロトタイプを数人にプレイしてもらい、あるアイコンが何を意味していると思うか答えてもらいました。 そのアイコンは、トラップ(わな)を表すシンボルだったのですが、プレイヤーの誰ひとりとしてそれをトラップだと認識しませんでした。アイコンを見て「弾薬」「木」と答えたプレイヤーもいたのです。
つまり、デザイナーとゲームプレイヤーたちは、ひとつのアイコンを異なるものと知覚していたのです。
フォートナイトでは、トラップは重要な機能を果たします。そのため、プレイヤーがトラップと知覚できるよう、アイコンを調整する必要がありました。
UXテストの結果、トラップのアイコンをトラバサミ(ばね仕掛けで獲物の足を挟む装置)のような見た目に変更することにしました。フォートナイトでは、トラップで動物を捕まえることはないのですが、テストではプレイヤー全員がこの新しいシンボルがトラップであると理解しました。
この一件は、人間はある対象物をさまざまに知覚することを示しています。
つまり、UI要素、キャラクターデザイン、音響設計、視覚効果、レベルデザイン(ゲーム中の建築物や生物・自然物などのデザイン)などゲームの主要な要素はすべて、ユーザーでテストする必要があるのです。
▲トラップアイコンの変化
2.記憶
ゲームUXを考慮する際、記憶も重要な要素の一つです。人は多くの情報を記憶し、時には非常に長い間記憶を保持できます。
しかし、一方で、人は多くのことを忘れます。18世紀後半、ドイツの心理学者ヘルマン・エビングハウスは、忘却には指数関数的な性質があることを発見し、有名な「忘却曲線」を確立しました。
この曲線を作るにあたり彼は、意味を持たない音節をリストアップし、それらを記憶しました。そして、記憶後の一定の時間ごとにそれらの音節を思い出し、正しく再生できるかを実験しました。
下の図は、実験結果を示すグラフです。音節のリストを覚えた直後に思い出すと成功率は100%でした。
▲忘却曲線(ハーマン・エビングハウス、1885年)
しかし、19分後に思い出すと成功率は約60%まで落ち、1日後に思い出そうとすると成功率は30%近くまで落ちました。つまり、意味のないことを学んだとき、1日でその7割程度を忘れる可能性が高いのです。
これは、ゲームにとって都合が悪い事実です。なぜなら、ゲーム体験は、通常は数日、時には数週間、数ヶ月、あるいは数年に渡って続くものだからです。
人間の記憶には限界があり、多くのことを忘れがちです。
では、プレイヤーが重要な情報を長い間忘れないようにするにはどうしたらよいのでしょうか?
この問題を解決するため、ゲームクリエイターは、情報を繰り返し表示したり、コンテキスト(文脈)にそったヒントを表示するなど、多くの工夫をしています。
しかし、忘却曲線の影響を回避するための最も効率的な方法は、最初の認知負荷を減らすことです。
これは、常に表示される情報が多いほど、プレイヤーの学習や記憶の負荷が減るということです。つまり、プレイヤーや敵の体力、残りの弾数などを表示するHUD(Head-Up Display)が優れていることが重要なのです。
HUDがあれば、プレイヤーは、装備している銃や能力の種類、弾薬の量、次の目的などの要素を覚えなくてすみます。
フォートナイトでは、アイテムを探すためにどのキーを押せばいいのかなど、多くの情報が常にインターフェースにポップアップで表示されているのでプレイヤーが覚えておく必要はありません。
また、プレイヤーが興味を持っているクラフトレシピ*をHUDにピン留めできるオプションもあります。プレイヤーは、入手すべき物資を覚えておく必要がなく、目的に集中することができます。(*編注:フォートナイトでは、資材を集めて階段や壁などを作り、敵の攻撃を避けたり高所から攻撃します)
記憶に誤りはつきものです。久しぶりにプレイするゲームの操作方法や目的、システムの仕組みなどを覚えていないと、非常にイライラすることがあります。
情報を覚えていないためにゲームを楽しめず、プレイをやめてしまうという状況を避けるためには、プレイヤーの認知負荷を軽減することがとても重要なのです。
▲認知負荷を軽減するHUD(HUDにレシピがピン留めされている)
3.注意(力)
最後に、注意力について説明します。人は自分を取り巻く状況を把握できていると思いがちですが、実際の注意力には限界があります。
人間は、周りで起きていることを注意深く見ることはできません。むしろ、注意力はスポットライトのような働きをしています。つまり、特定の何かに注意を向けたときには、他の刺激にフィルタをかけ、感知しないようにしているのです。例えば騒がしいバーにいるときに、友達が話していることだけに集中して聞くのと同じです。
つまり、人はマルチタスクができると信じているにもかかわらず、効率的にマルチタスクを行うことができないということです。マルチタスクをしようとすると、気が付かないうちに多くの情報を見落とし、ミスをしてしまうのです。
こちらの動画を見てください。
編注:白いユニフォームを着た4人のパスまわしの回数を数えるよう指示が出ます。ぜひトライしてみてください。
動画を見て、なにかに変わったことに気がつきましたか?ほとんどの人は気がつきません。これは、心理学では「非注意性盲目」と呼ばれる現象です。
タスクに集中していると、非常に驚くような出来事が起こったとしても、タスクとは関係のない刺激には気がつかなくなるのです。
多くのゲームはプレイヤーの注意力を試すものです。しかし、プレイヤーがゲーム内でなにかを発見したり学んだりしているときに別のタスクを要求すると、プレイヤーは重要な情報を見逃してしまうのです。
例えば、プレイヤーがゾンビと戦っているときに、体力を回復する方法についての説明を表示するのを避けるのはこのためです。もし表示したら、プレイヤーは注意をそがれてイライラし、最悪の場合は、情報が出てきたことにすら気づかず、その情報を記憶することもないでしょう。
人間の注意力には限界があります。そのため、ゲームクリエイターはプレイヤーの認知的負荷に常に注意を払う必要があります。特に、プレイヤーが新しいことを学んだり、より注意力が必要とされる場面では、なおさらです。
▲人間の注意力は限定的:ゾンビとの戦闘中にチュートリアルを表示しても読まれない
ここまでの話をまとめます。
人が情報を学び、処理するとき、知覚は主観的です。また、注意力は乏しく、記憶は誤りやすいものです。だからこそ、エンドユーザーを開発プロセスの中心にすえた「UX思考」を持つことが、意図したとおりの体験を提供するための鍵となるのです。
▲人の脳の主な限界―知覚は主観的であり、注意力は乏しく、記憶は誤りやすい―
※本稿の分析は、「フォートナイト」リリース以前におこなった講演(GDC:Game Developers Conference)と、著書”How Neuroscience and UX Can Impact Video Game Design (2017)”に基づくものです。
著者紹介:
ゲームUXコンサルタント
セリア・ホデント氏
ゲーム業界におけるユーザエクスペリエンス(UX)と認知科学の応用の第一人者。心理学の博士号を取得しており、ゲーム制作会社でのUX戦略とプロセスの開発に10年以上の経験を持つ。
Ubisoft(代表作:レインボーシックス)、LucasArts(代表作:StarWars1313)、EpicGames(代表作:フォートナイト)でのUXディレクターとして、パソコン、モバイル、VRなど、複数のプラットフォームにまたがる多くのプロジェクトに貢献してきた。また、Game UX Summitの創設者であり、GDC UX Summitのアドバイザー、フランスのCNIL Foresight Committeeのメンバーでもあり、『ゲーマーズブレイン‐UXと神経科学におけるゲームデザインの原則‐』の著者でもある。
現在はコンサルタントとして独立し、ゲームスタジオの創るゲームの魅力とヒットする可能性を高める支援を行っている。
Twitter:@CeliaHodent
Blog:celiahodent.com
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