周りを巻き込むプロトタイピング ─ 粗いプロトタイプが、⼈を惹きつける!? ─

プロジェクトの失敗を最小限にするために有効なプロトタイピング。「繰り返し挑戦し、学び続けること」こそがプロダクト・サービスを成功に近付けるカギです。しかし、プロトタイピングのフェーズで、社内外のステークホルダーを巻き込み進めていくには困難な壁が立ちはだかります。
2023年3月のセミナーでは、三冨敬太さんにご登壇いただきました。
三冨さんは、プロトタイピングに学術と実業の両面からアプローチする、日本で数少ないプロトタイピング専門家の一人です。プロトタイピングやデザイン思考を活用した新規事業開発支援やデジタルソリューションのデザインを手がけ、2022年に著書「失敗から学ぶ技術 新規事業開発を成功に導くプロトタイピングの教科書」を出版しました。
コミュニケーションに効く、モチベーションを高めるプロトタイピングの技術とは?社外も含めたステークホルダー全体を巻き込み、プロジェクトを推進していくためのプロトタイピングの可能性について、アカデミックと実務を行き来する三冨さんならではの活きた知見をお伺いしたセミナー。本記事では、セミナーの内容をダイジェストでご紹介します。
イントロダクション
三冨 敬太と申します。S&D Prototyping株式会社の代表取締役で、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科で研究員、ヒューマンインターフェース学会で専門研究委員会 (SIGUXSD) 専門委員をしております。
さまざまなことをやっているなかでも、ビジネスでは、「S&Dプロトタイピング」というプロトタイピングに焦点を当てた、比較的珍しい会社を経営しています。
S&Dプロトタイピングは、戦略的かつ迅速なモノづくりを通して、不確実性の⾼いプロジェクトをデザインするプロトタイピングファームです。プロジェクトによっては、プロトタイピング以前のフェーズであるアイディエーションから関わっています。
基本的にはプロトタイピングをメインに、研究で得られた抽象的な知見を、実践で具体化しています。
つくるプロセスに巻き込みやすそうなのはどちらか
ある研究者から、下記のように聞かれたとします。

いま、自分が発明した技術を活用したロボットを開発しようとしているんです。
そのロボットは人型で、人間の人生におけるパートナーになるようなロボットにしたいんです。 絶対に、社会を変えるようなロボットになると信じています。
そのロボットのプロトタイプをつくったのですが、見てもらって、フィードバックをくれませんか?
と、熱量を持って語られたとします。どんなプロトタイプなんだろう? と気になる方は多いですよね。
では、下記のプロトタイプを見せてフィードバックを求めた際に、相手を作るプロセスに巻き込みやすいのはどちらでしょうか?
まずは、こちらのプロトタイプの場合。

「いつリリースするかなどは決まっているんですか?だいぶ値段が⾼そうなので、⼀般家庭では⼿が出なそうですね。」
このように、提示しているプロトタイプの完成度が高いがゆえに、値段やリリースタイミング、大きさなどの細かなフィードバックを提示される可能性が高そうです。
続いて、こちらのプロトタイプだった場合はどうでしょうか。

「この形にしている理由は何かあるのでしょうか?」
「こんな風にしてみたらどうですか?」
このように、提示しているプロトタイプがざっくりしているがゆえに、返答もざっくりしたものが返ってくる可能性が高そうです。
最初に提示したプロトタイプ(ロボットイメージ①)のほうが完成度は高く、具体的なフィードバックが返ってきやすいかもしれません。
しかし、「一緒に作るプロセスに巻き込む」という観点で考えるといかがでしょうか。ロボットイメージ②の方が「しょうがない一緒にやってみるか」と思ってくれる可能性が高いのではないでしょうか。
本日は、「周りを巻き込むためのプロトタイピングの概念を知る」というテーマで、人を巻き込んでいくという観点においては、完成度が低いプロトタイプの⽅が⼿伝いたくなるのではないか、という仮説についてお話しします。
プロトタイピングとは
言葉の定義について認識のすり合わせをしたいと思います。
「プロトタイプ」と「プロトタイピング」
2つの言葉の定義として、
- 完成するものや体験のことを「プロトタイプ」
- プロトタイプを活用したプロセスや、手法のことを「プロトタイピング」
と呼びます。


そして、プロトタイピングにはさまざまな定義や説明があります。

プロトタイピングの歴史的に見るとエンジニアリング分野、デザイン分野それぞれの定義が⼊り乱れていることがわかります。
定義がわかりにくいという状況があるため、例えばエンジニアの人とデザイナーの人が考えるプロトタイピングの定義が違う、ということが発生してしまうのです。

この認識を揃えるために、開発プロセスと分類という視点を持っていただきたいと思います。開発プロセスの例とプロトタイピングの分類、この2つを重ねて考えていくと下記の図になります。

よくあるすれ違いの事例として、下記のような会話が起こってしまうことがあります。

この会話は、Aさんが認識しているプロトタイプと、Bさんの考えるプロトタイプが違うことによって起こります。
特に、大きな企業で新規事業のプロジェクトを立ち上げた際、さまざまなバックグランドのメンバーが集まっている場合、このようなすれ違いは起こりがちです。
そういったときには、それぞれの認識しているプロトタイプについて整理しながら「今回実施するプロトタイピングは価値の検証に当たる部分で、Bさんがおっしゃっているのは実現可能性や、インテグレーションの検証の部分に当たりそうですね。今回は価値の部分について実施してみませんか」と、整理しながら話すことでうまく会話ができるかもしれません。

コミュニケーションとプロトタイピング
プロトタイピングを活用することでのさまざまなメリットについて、ミネソタ大学のLauff 博⼠が2年間⺠間企業に参与観察した大掛かりな研究のプロセスのなかでまとめています。
プロトタイピングの役割について、大きく3つに分類しました。
- コミュニケーション効果
- 学習効果
- 意思決定効果
このなかでも本日は、コミュニケーションにフォーカスを当てた話をします。
プロトタイピングの持つコミュニケーション効果を活用することで、顧客(ユーザー)・社内のステークホルダー・社外のステークホルダーと一緒にモノを作ること(=共創)が可能となります。
プロトタイプが共通の⾔語単位となり、コミュニケーションを取りやすくなることによって、認知的な負担が軽減されるのです。
では、言語単位とは何でしょうか?
チームや顧客と仕事をする際、それぞれの考えが実はばらばらで、認識のズレから、手戻りが発生してしまうということはよくあるのではないでしょうか。
人それぞれ、思っていることが違うという状態のなかで、プロトタイプがあることによって、物理的なモノを皆でみることによって認識が共通化される。それによって、空中戦にならず、共通認識を持てます。つまり、プロトタイプが言語単位のように働き、共通認識を持つことができ、認知的負担を軽減することにつながります。
つまり、プロトタイプ(共通の体験)を通じてコミュニケーションが促進されることで共通認識を持ち、さまざまな人達と効果的に共創できるようになる。プロトタイプを提示することが、一緒にプロジェクトを進めるための参加へのモチベーションにつながるといえます。
どのようなプロトタイプで周りを巻き込むか?
では、どのようなプロトタイプを提示することが、最もプロジェクトに参加してみたいと思ってもらえるのでしょうか。
どのようなプロトタイプを提示するか、現時点では明確な答えは出ていません。しかし、共創に参加したいというモチベーションは、プロトタイプの完成度(忠実度)によって変化する「可能性」が研究者たちから指摘されています。
出来上がり切っていないもののほうが人を惹きつける、という事象は、新規事業のプロトタイピングだけではなく、皆さんも日常でも経験したことがあるのではないでしょうか。
例えば、後輩が企画書を持ってきたとき。
完成度の低い企画書を持って来たとき、「なぜこのような構成なのか」など質問し、一緒に考える流れになることがありますよね。
一方で、完成度が高い企画書の場合、もちろん本質的なフィードバックを返すこともありますが、「これだけできているならいいか…」となる場合もありますね。
もちろん、すべてのケースに適応できるわけではないですが、速い段階で荒くても資料をみせて少しずつフィードバックをもらう事で、上司の当事者意識を高めプロジェクトに愛着を持ってもらい巻き込める(=共創できる)かもしれません。
このようなことから、完成度が高いプロトタイプをみせられると、「すごいな!」とは思いますが、出来すぎているものは指摘もしにくい。共創という観点では、完成度の低いプロトタイプのほうが周りを巻き込むことに向いていると言えるのではないでしょうか。 変化の激しい現代では、あまりできていない未完の状態で提示し、メンバーと共創していくことがより大事になっていると考えています。
Q&Aセッション
私自身がプロトタイピング初心者のため、プロトタイプを作りこまない方がいいと知識としては知っていても、ユーザーはそれでピンとくるのかな…という不安もあり、また、多くのプロジェクトで情報設計にかけられる時間が少ないため、進行面の不安もあり積極的に提案できないでいます。三冨さんご自身がプロトタイピングを始められたきっかけ、初めて導入することになった経緯、作り込みすぎた失敗談などあればお聞かせいただけると幸いです。
クライアントに提案をする場合、提案側であると、クライアントの理解によって差が出ます。理解がない場合は、クライアント側で関係者を集めていただき、プロトタイピングの重要性などを説明します。
始めたきっかけは最初の会社でプロトタイピング作成で評価を得たことがスタートとなりました。作り込みすぎた失敗談についてはいくらでもあります。ユーザー検証せずに当初予算の2,000万円を使い切ってしまって失敗した…等。
新規事業や、世の中に類似のサービスがないようなプロダクトの場合に、非デザイナーでも作れる内容で、どんな粒度や内容、形態のプロトタイプを作るとユーザーにイメージを伝えやすいか、伺いたいです。以前そういったプロダクトのリサーチを担当した際に、クライアントから「ユーザーにサービスのイメージがぱっと伝えられるように、写真やイラストなど視覚的な部分を工夫してほしい」と、デザイナーレベルのクオリティを期待され、苦労したことがありまして…三冨さんはそういう場合どういったプロトタイプを作って工夫されているのかを伺いたいです。
あらかじめ、こういった発言が来ない状況を作っておくことが大事です。見た目があることで、検証したい項目が検証できない等、前提条件・知識を伝え関係性を作っておくことが重要になります。
自身のなかで具体的なイメージや実現したい世界観を持っている場合も、それを見せず、低忠実度のものにステップバックさせて、提示した方が良いでしょうか?
とても良い質問ですね。結論から言うとYESになります。
よくお仕事をご一緒する方がやっている進め方をご紹介します。
ある程度自分のなかでこうすればいいのではないか、と見えている状態でも、何も出来ていない状況を装ってみんなの発言を引き出す。発言を引き出すなかで、自分の持っている考えも加えて着地させていく。自分が土俵を作り、周りを巻き込みながら一緒に作っていくことで、低忠実度のものでも周りを巻き込むことが重要と感じます。
魅力を想像で補う、ということは現在市場にある製品かない製品か、によっても最適な忠実度は異なるのでしょうか?
新規性が高いものであっても、仮に忠実度が高すぎる場合「今まで見たことないです、すごいですね」となってしまう可能性が高いと考えています。そのため、新規性はあまり関係ないと思います。
プロトタイプを共有する場に真面目な人とオープンな人が同時にいる際にはどうされていますか?
まだ両方の人が同時にいることは体験していませんが、一つはワークショップ形式にして、みんなで作ったという実感を持ってもらう。もう一つは、真面目なひと、オープンな人とそれぞれ個別に話す。という2つを使い分けると良いのではないかと思います。
今回のテーマとは外れてしまうのですが、プロトタイピングの意味についてお聞きしたいです。自分はプロトタイピングとは、一般的な意味としての原石を磨いて宝石にすること(仮説検証)だけでなく、原石を見つける(価値探求≒仮説生成)ことの意味もあると思っています。目的のための仮説を検証するなかで、新たな気づきがあることが多いので原石を見つける意味もあるのではないかという仮説を考えました。三冨さんのご意見をお伺いしたいです。
プロトタイピングの意味合いは幅広く存在しています。そして、質問者さんがおっしゃるように、価値を探索していくアプローチでも活用できます。特に、デザイン思考の文脈で用いられるプロトタイピングには、価値探索の意味合いが強いです。
私が発表した論文でも、価値探索型のプロトタイピングを提示しているので、興味があればチェックしてみてください。
PROTOTYPING CLASSIFICATION FOR NOVICE DESIGNERS PARTICIPATING IN DESIGN PROJECT
登壇者プロフィールと対談記事


三冨 敬太
プロトタイピング専門会社 S&D Prototyping株式会社 代表取締役
慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科リサーチ担当研究員(プロトタイピング)、後期博士課程。
ヒューマンインターフェース学会 ユーザエクスペリエンス及びサービスデザイン専門研究委員会 (SIGUXSD) 専門委員、The American Society of Mechanical Engineersなど所属。
Twitter:https://twitter.com/mitomikeita
▼三冨さんの対談記事はこちら