現役Google UXマネージャー直伝 クリティカルユーザージャーニー徹底解説【セミナーダイジェスト】
「クリティカルユーザージャーニー(CUJ)」とは、ユーザー体験を見える化したカスタマージャーニーの中でも、特にビジネスの観点から重要とされる部分にフォーカスしたカスタマージャーニーです。
2022年5月に開催したセミナー『Googleに学ぶ!継続的なUX改善のためのプロダクトエクセレンスとクリティカルユーザージャーニー』で概要をご紹介しました。その後、数多くのご要望をいただいき、現役 Google UXマネージャー イナ・ツィルリン氏をお招きし、クリティカルユーザージャーニーについてより具体的に解説いただくセミナーを開催。今回は、そのダイジェストをご紹介します。
クリティカルユーザージャーニー(CUJ)の作成プロセスだけでなく、定量的/定性的な調査手法をどのように活用して評価をするのか、そしてより広く深いカスタマーインサイトを得る方法まで徹底解説いただきました。
※以下、文中ではクリティカルユーザージャーニーをCUJ と表記
はじめに
CUJはユーザー価値を高め、ユーザー中心のプロダクト開発を推進できる非常に人気のあるツールとして注目されています。
主にプロダクト開発チームにおいて採用されており、プロダクト開発業務で利用するには、頑健で三重構造のユーザーデータに基づき構築することが必要です。そのため、定性的・定量的手法を組み合わせることで利用できるようになります。
CUJの開発はいくつかのプロセスで構成されています。各プロセスにおいて、定量的な調査手法が使われることは少なく、後工程にある評価段階のみで定量的な手法が使われることが多いです。しかし、CUJの全ての開発プロセスで定量的な手法が使えるとしたらどうでしょうか?
CUJの全ての開発プロセスで定量的な手法を使うべきだと考えます。なぜなら、定性的なデータを豊かにするためにも、方向性を定めるうえでも重要になるからです。
この時間では、CUJとは何か、そしてどのように定義・開発するのかについてプロセスにそって説明します。
クリティカルユーザージャーニー(CUJ)とはなにか
通常、ユーザージャーニーとは、人々が目標を達成するために行う一連のタスクを指します。対して、CUJは、多くの目標を達成するために共通するタスクや、非常に重要な目標を達成するために行う一連の流れを指します。CUJはプロダクトに関連するものに限りません。
CUJはプロダクトの構造及び、チームが目指すゴールの高さに応じて、複数のレイヤーで構成されています。
本セミナーでは、仮想の食事記録アプリ「チャウログ」を例に考えていきます。
- 1段階
天気を調べたいとき、例えばSiriなどを利用して、天気を聞く場合。「Siriに天気を聞く」というタスクは複雑なタスクではなく、非常にシンプルなレイヤーです。
- 2段階
目標を「アカウント設定の変更」に上げた場合、いくつかのタスクが発生します。
- 3段階
目標のレベルが更に上がれば、タスクはより複雑化され、通常のタスクに加えてサブタスクが発生します。
このように、目指すゴールの高さに応じて粒度の高いレイヤーが構成されます。
CUJは、基本的にユーザーニーズに基づき、エビデンスとユーザーデータに裏付けられる必要があり、属人的な定義やプロダクトの機能から決まるものではありません。そのため、しっかりとユーザーデータを知る必要があります。
「どういう特性がプロダクトにはあるのか」という考え方ではなく、ユーザーニーズを明確にして本当にプロダクトがニーズに合っているジャーニーをつくる必要があります。つまり、製品が持っている機能だけで判断をしてはいけません。
CUJを作成することでなにができるか?
◆課題の発見と新たなチャンスを発掘できる
- バグや問題点を特定できる
- ユーザーのニーズに応えられていないポイントを明らかにできる
- プロダクトベースで判断せず、ユーザーのニーズに対してマッチしているのかで判断する
CUJに応じていない場合、プロダクトは全くニーズに当てはまっていないということになります。
◆プロダクトの成功のトラッキング
- 進捗評価も重要
- 成功指標の測定が可能
◆プロダクト関連業務の優先順位付け
- 頻度や課題の深刻度にかかわるさまざまな優先順位付けが可能
- プロダクトの目標の設定にも利用可能
◆ベンチマークとの比較が可能になる
- CUJのタスクは、アクセシビリティ評価の設計にも利用可能
では、定量を専門とするリサーチャーやデータサイエンティストでないと、CUJは利用できないのでしょうか?
そんなことはありません。今回ご紹介するほとんどの工程で、プログラミングやデータ処理の知識は必要ありません。
CUJの開発プロセス
CUJを定義する
■リサーチを活用しCUJを定義する
ユーザーのニーズを収集するには、外部調査やプロダクト内アンケートを活用できます。プロダクト内アンケートは、ユーザーがプロダクト内で画面遷移する際に表示し、前回の利用体験や利用時のニーズを覚えているときに実施します。
仮想の食事記録アプリ「チャウログ」を例に考えてみると、
1. 外部調査
例えば、「前回の食事を記録したときのことを思い出してみてください」という質問に対し、「食品の種類とカロリーを記録できるスプレッドシートを作り、alorieling.comというサイトでカロリーを調べた」という回答があったとします。この一連の流れ(タスク)が1つのCUJになります。
2. プロダクト内アンケート
「今日チャウログを使ってみようと思った一番の目的は何でしょうか」という質問に対して、「昨日の食事のカロリーを調べたい」と回答があったとします。
人々が「チャウログ」アプリをどういう風に利用しているのか、7日間データを収集し、自由回答で得られたデータなどをテーマ別に分析します。分析は手作業や機械学習を用いて行います。ここでの主なテーマがCUJの方向性の指針となります。
上図の「チャウログ」データから、人々が1番行動するのは「食べたものを記録する」「カロリー計算」「体重を記録する」といったものが挙がっており、これらがCUJの目標になります。
プロダクトのログはユーザーが最も利用する画面遷移パターンの特定に活用できます。多くのユーザーがプロダクト内で繰り返す挙動の順序を分析することでCUJの発見に繋がります。
■ ユーザーの挙動の順序は2パターンに基づく
1.時間的な近接性
時間的に前後で行われた行動や挙動は関連性が高いと考えられる
2.意味的な類似性
同じトピックに関連する挙動は関連性が高いと考えられる
2つの挙動の順序から「チャウログ」を利用した時間的な前後関係や時間帯などのログ解析を行うことで、カギとなるジャーニーを把握できます。
例えば、「アプリを起動した後に、ベーコンや卵などのカロリーを調べ、そのあとに食べたものを記録する」という行動(タスク)がCUJになります。
最終版を検証する
バリデーションのプロセスで確認するべき事項
- 目標とタスクの設定がユーザーの立場に寄り添っているか
- CUJの用語と説明が、チームメンバーとユーザーにとって同じ意味を持っているか
- CUJがプロダクトのトラフィックの大部分をカバーしているか
- CUJの主要な目標やタスクに見落としがないか
- CUJの目標やタスクが、カバー率や重要性の観点で十分か
■ユーザーニーズのカバー率や見落としがないかをプロダクト内アンケートで検証する
プロダクト内アンケートは、「ユーザー行動の何%がCUJでカバーされているのか」と「目標やタスクに見落としがないか」を把握するために有用です。
- 目標を評価する
例えば、「チャウログ」で「今日チャウログにログインした1番の目的は何ですか?」という質問に対して、
・食品のカロリーを調べる
・食事内容を新しく記録する
・過去の食事記録を確認する
・アカウント設定の変更
・その他
「その他」を設けることで、CUJの目標の見落としを把握できるため非常に役に立ちます。
- タスクを評価する
例えば、「チャウログ」で「アカウント設定の変更において変更したい内容を以下から選んでください」という質問に対して、
・名前の変更
・目標カロリーの更新
・パスワードの更新
・支払情報の更新
・その他
タスクは、前の質問で選択した目標を踏まえたうえで表示します。「その他」を設けることでタスクの見落としを把握できます。
「チャウログ」の評価を分析(サンプル)では、チームで設計したCUJはユーザー行動の90%をカバーしていることがわかります。また、「その他」の回答を見ることで見落としがないか確認ができます。
このように妥当性を検証することで、アプリの中で見落としがないか確認できるという特性は非常に重要になります。
優先順位付け
- 優先順位付けの目的
プロダクトに関連するあらゆるCUJを網羅することがゴールとなります。しかし、多くのユーザー目標が見つかってしうと限られたリソースの中で、何から手を付けるべきか困惑する可能性があります。そのため、優先順位をつけ、プロダクトの最も重要なポイントに集中することが必要です。
- 頻度と重要度を用いた優先順位付け
優先順位の検討にあたり、明確な判断基準が社内に存在しない場合には、2つの軸を活用してCUJの優先順位付けを行います。
- 頻度
ユーザーがCUJに則った挙動/行動をとる頻度
- 重要度
ユーザーにとってのCUJの重要性
リッカート尺度を用いて、頻度・重要度の各軸を測定します。
※リッカート尺度とは、あるトピックに対いて多段階の選択肢を用いたアンケートを取り、回答者がどの程度同意するかを測定する手法です。※引用:GMOリサーチ
頻度・重要度に基づく調査の結果は四象限で可視化すると効果的です。下の図を例にすると、頻度と重要度が高い右上にユーザー満足度の低いCUJが存在しています。そのため、「CUJ4」「CUJ6」を優先的に取り組む必要があるということがわかります。
- MaxDiff法による優先順位付け
CUJの優先順位付けには、MaxDiff法も用いられます。
MaxDiff法とは、トレードオフを明らかにし、生活者の嗜好や選好の差をより明確に把握するためのデータ聴取方法(数あるアンケートの手法の1つ)です。MaxDiff法を用いることで、ユーザーの回答を多く得られることから、リッカート尺度に基づく設問よりも精度の高い結果を得られる場合があります。
例えば、下図のようなマトリックスアンケートを実施し、統計モデル(ロジットなど)を用いてデータを分析することで、項目の相対的な重要度を明らかにできます。
- ログ解析やプロダクト内アンケートで得られた頻度に基づく優先順位付け
頻度の測定には以下の2つを用います。
- プロダクトのログ
CUJがプロダクトの機能と関連づけられている場合に限る
- プロダクト内アンケート
ユーザーが現在どのCUJを完了しているかを確認する
評価をする際には、下の図のような質問を通じて、ユーザーの行動をCUJごとに分類し、頻度の高いものを優先すべきです。
例えば、下記の例では、「Change account settings(アカウント設定の変更)」の頻度が低いため優先度を下げ、その他のCUJを優先的に扱うべきとわかります。
評価してトラッキングする
- 評価指標は何に使えるか?
- 課題の発見と新たなチャンスの発掘
指標を使うことで、どのCUJに改善余地があるのかを確認する。
また、ユーザーの自由回答からペインポイントに関する詳細なインサイトを得る。
- プロダクトの成功トラッキング
ダッシュボードを作成し、縦断的に指標を追跡する。
また、複数の指標を用意しA/Bテストを実施(CUJには感度分析を追加する)。
- 機能の優先順位付けとプロダクト目標の開発
改善余地を分析しプロダクト関連作業の優先順位を決定する。
また、プロダクト関連作業を評価するための指標に基づく目標を設定する。
- 考慮するべき指標の種類
態度指標と認識指標はアプリからわかることですが、行動指標については、観測値(ログ)を見れば、数値がわかるようになっています。
- 調査指標(態度指標と認識指標)に基づく評価
調査指標(態度指標と認識指標)の評価設計は4つのステップに分かれています。
- 目標の特定
- プロダクトの目標や課題を踏まえ、何を測定するべきかを明確にする。
- 測定の対象
- チームの目標(例えば、ユーザーの役に立つようになることが目標の場合有用性を測る)
- 最大のペインポイント(例えば、最大のペインポイントが「複雑さ」の場合は、使いやすさを測る)
- 指標の定義
- センチメント分析において、過去の調査で有効と判断している質問を探す
- 自社独自で定義する必要がある場合は、最良の結果を得るために調査科学において推奨されている方法を用いる
- 指標にかかる質問を補足するために自由回答の質問も含める(自由回答は分析が難しいが、得られる指標の背後にある「なぜ」を理解することに有用であり、時間を割く価値があります)
- プランの分析
- 目標やタスクを横断して指標を比較し、改善余地を把握する
- 指標のスコアが低くなった理由を分析
- 自由回答が含まれる場合は、該当回答のテーマの詳細分析を行う、含まれない場合は、該当回答のログの詳細分析を行う。
- 実装
- 調査プラットフォームを決定する
- 期待通りに動作しているか確認するためのパイロット案件の実施
- ベースラインを作るための測定する
- 横断的な測定、または定期的な測定を繰り返すことで、ベースライン対比での変化量を確認する
例えば、「本日のアプリ利用の満足度はいかがでしたか?」という質問に対して、「非常に不満」を選んでいるユーザーには、「非常に不満」だと感じた理由を自由回答で聞くことで、不満点や改善点がわかるようになります。
調査手法に基づき、定量的な指標を定め、アンケートを実施することで、課題を明確にし、改善余地があることが理解できるようになります。
Q&A
競合他社とのベンチマーキングを備えたCUJ評価のプラットフォームを構築する場合について伺います。競合他社のサイトやアプリについて、ログ解析やプロダクト内調査は実施できません。競合他社の評価について、客観的なデータが得られない場合のCUJはベンチマークとしての機能を果たすのでしょうか?
ベンチマークとして効果を発揮できます!そのために、 定量と定性2つの方法について説明します。
定量については、競合の製品と自社の製品の満足度を聞きます。そうすることで、ユーザーのニーズにどれだけ応えられているのか比較をできます。
定性については、競合の製品と自社の製品を実際にユーザーに利用してもらい、観察します。その際にどんなことが課題としてあったのか、数名のユーザーを利用したデプスインタビューなどで理解を深めることができます。
Eコマースサイトについて伺います。商品検索から購入という大きなジャー二―が同じでも、カテゴリーや商品が無数にあり細かなジャーニーが異なります。この場合、頻度や重要性など鑑みても特定のCUJでは、全体のカバレッジから見て小さくなってしまう可能性があります。どのように優先順位を決定すればよいでしょうか?
ファッションなどでは同じようなジャーニーになりやすいため、アイテム別よりはショッピングのジャーニーとして分けていくことでCUJのタスクがわかってくるようになります。
プロダクト改善の効果を計測する場合、必ずしも改善した時期に効果が出ずに遅行する場合もあるため、どのような間隔で計測していく方が良いのか、効果的なトラッキング方法を教えてください。
時間が経てば変化が出てきますが、その変化を分析する際には、A/Bテストを使います。どういう違いが出てくるのかそれぞれの属性に関する変化がわかるため、一番扱いやすい手法です。
長期的な測定・比較という意味では頻度に変更するとトラッキングができない一方で、ある一定期間で機能などが変更するため、同じCUJでは陳腐化することも考えられると思います。一度設定したCUJはどのように見直しを実施すればよいでしょうか?
自社のプロダクトの属性を基本に考えていると、見直しが必要になるため、今あるプロダクトに関することだけではなく、ジャーニー全体を見ることがCUJでは非常に重要です。
プロダクトだけに注力しているとユーザーのニーズがわからないため、CUJではフォローができません。そのため、ニーズに着目して、ニーズにマッチする機能を見つけ、実装すること必要です。
CUJに対する定量的なアプローチでしたが、定性的な評価についてはどのように組み合わせると有効だと思いますか?
定量的だけではなく、定性的にもアプローチするべきです。定性的にアプローチすることで、より全方位的な形で理解ができます。プロダクトに関する観察をすると、様々な課題や不満が出てきます。定性的な評価を行うことで、状況を把握し、何が一番重要な問題なのかをとらえることができます。